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東京高等裁判所 昭和63年(う)266号 判決 1993年11月29日

《目次》

主文

理由

第一部 序説

Ⅰ 本件事案の概要等

第一 原判決の認定した事実

第二 公訴事実との関係

Ⅱ 本判決に用いる略語・符号等

第一 原審記録等を引用する場合

第二 固有名詞の略語

第二部 本論

序章 本件各控訴の趣意及びこれらに対する答弁

第一章 直輸入商品関係特別背任事件

(被告人両名関係)

第一節 被告人甲の任務内容に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 判示方法の不備等について

第二項 被告人甲の任務内容について

第二款 当裁判所の判断

第一項 判示方法に関する主張について

第二項 任務内容に関する主張について

第二節 被告人乙らの有用性に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 総説

第二項 被告人乙及びオリエント交易の活動の有用性について

一 被告人乙の能力等

二 原判示各犯行開始前における被告人乙らの活動

三 原判示各犯行期間中における被告人乙らの活動

第三項 アクセサリーたけひさの活動の有用性について

第二款 当裁判所の判断

第一項 総説

第二項 被告人乙らの活動の有用性に関する主張について

第三項 有用性の程度、対価の相当性についての検討

一 アクセサリーたけひさに取得させた売買差益

二 被告人乙に取得させた香港コミッション

第三節 共謀及び実行行為に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 総説

第二項 訴因の特定について

第三項 判示方法の不備等について

第四項 基本的な共謀の成立及びその内容について

第五項 共謀の継続、発展に関する間接事実について

第六項 非身分者である被告人乙の共同正犯性について

第七項 罪数について

第二款 当裁判所の判断

第一項 総説

第二項 訴因の特定に関する主張について

第三項 判示方法に関する主張について

第四項 基本的な共謀に関する主張について

一 三越における「準直方式」

二 被告人甲の準直方式採用への関与と共謀の成立

三 乙絡み輸入方式の成立、拡大の経緯

第五項 共謀の継続、発展に関する主張について

一 被告人甲の直輸入推進に関する指示

二 被告人甲の個別的・具体的な発言等

三 いわゆる「乙人事」

第六項 被告人乙の共同正犯性に関する主張について

第七項 罪数に関する主張について

第四節 故意・目的等の主観的要素に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 被告人甲関係

一 総説

二 任務違背及び損害発生の認識・認容

三 アクセサリーたけひさの利益を図る目的

第二項 被告人乙関係

一 総説

二 任務違背及び損害発生の認識・認容

三 アクセサリーたけひさの利益を図る目的

第二款 当裁判所の判断

第一項 被告人甲関係

一 総説

二 任務違背及び損害発生の故意に関する主張について

三 図利目的に関する主張について

第二項 被告人乙関係

一 総説

二 任務違背及び損害発生の故意に関する主張について

三 図利目的に関する主張について

第五節 損害に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 総説

第二項 損害の捉え方と損害発生の有無について

第三項 判示方法の不備等について

第四項 アクセサリーたけひさによる検品等の対価について

第五項 返品、再納等による差額について

第二款 当裁判所の判断

第一項 総説

第二項 損害の捉え方と損害発生の有無に関する主張について

第三項 判示方法に関する主張について

第四項 検品等に関する主張について

第五項 返品、再納等に関する主張について

第六項 職権による調査

第七項 結論

第二章 自宅改修費関係特別背任事件(被告人甲関係)

第一節 所論の要旨

第二節 当裁判所の判断

第一款 総則

第二款 関係証拠から認定できる事実

第三款 被告人の検面調書の信用性に関する主張について

第四款 原審証人らの供述の信用性に関する主張について

第五款 その余の弁護人の主張について

第一項 未払い代金の有無についての被告人の認識

第二項 永瀬らの不正行為による未払い分の回収

第三項 リース料金上乗せと自宅改修費支払いとの関係

第六款 結論

第三章 所得税法違反事件(被告人乙関係)

第一節 逋脱の故意等に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第二款 当裁判所の判断

第二節 ワールドファッション宛デザイン料収入の帰属に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第二款 当裁判所の判断

第三節 ハッセンフェルドコミッションの年分帰属に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第二款 当裁判所の判断

第四節 パリ三越からのコミッション収入に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第二款 当裁判所の判断

第五節 必要経費に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第二款 当裁判所の判断

第一項 外国所得税に関する主張について

第二項 工藤に支払った給料・旅費に関する主張について

第三項 ライエンサンに支払った名義使用料に関する主張について

第六節 結論

終章 各控訴趣意に対する判断の総括

第三部 自判

Ⅰ 罪となるべき事実

Ⅱ 証拠

Ⅲ 法令の適用

Ⅳ 一部無罪の理由

Ⅴ 結語

【別紙】

(一) 準直商品差益額の内訳

(二)(1) 修正損益計算書(昭和五四年分)

(二)(2) 脱税額計算書(昭和五四年分)

(三)(1) 修正損益計算書(昭和五五年分)

(三)(2) 脱税額計算書(昭和五五年分)

(四)(1) 修正損益計算書(昭和五六年分)

(四)(2) 脱税額計算書(昭和五六年分)

(五) 被告人両名に対する昭和五七年一二月一日付起訴状記載の公訴事実第二の要旨

主文

原判決を破棄する。

被告人甲を懲役三年に、被告人乙を懲役二年六月及び罰金六〇〇〇万円にそれぞれ処する。

被告人乙において右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中、証人渡辺真佐雄、同滝沢義明、同石井一美、同小林通暁、同田中維武、同内田春樹、同宮崎喜三郎、同岡部明、同蔵口博、同岡野甲嗣、同根本邦彦、同土崎重夫、同細野耕二、同奥山清秀、同岩倉俊介、同榎本勝善、同杉田忠義、同関根良夫、同萩原秀彦、同藤村明苗、同粕屋誠一、同松田祐之、同岩関務、同志村好英、同黒川徹、同武田安民、同三輪達昌、同宇田真、同原敏治、同矢追秀一、同鈴木賢治、同姶良和伸、同斎藤親平、同小林昭三郎、同松本健太郎、同井上和雄、同矢野治郎、同中山勝彦、同吉川政孝、同柳田満、同樫村武及び通訳人梁澤華に支給した分並びに当審における訴訟費用(全部)は、被告人両名の連帯負担とし、原審における訴訟費用中、証人永瀬昭治、同馬淵逸明、同石井幹男、同竹内正勝、同木嶋保、同五島基介、同渡邊進及び同茂木治良に支給した分は、被告人甲の負担とする。

昭和五七年一二月一日付起訴状記載の公訴事実の第二について、被告人両名は、いずれも無罪。

理由

第一部  序説

Ⅰ  本件事案の概要等

第一  原判決の認定した事実

原判決が認定した罪となるべき事実【原判決五〇ないし五九頁】の要旨は、次のとおりである。

一 直輸入商品関係特別背任事件

被告人甲は、株式会社三越(以下会社名については、初出時以外は「株式会社」を省略する。)の代表取締役としてその業務全般を統括していたもの、被告乙は、株式会社アクセサリーたけひさの代表取締役であるとともに、オリエント交易株式会社の実質的経営者であったところ、被告人両名は、共謀の上、被告人甲において、三越が商品を仕入れるに当たり仕入原価をできる限り廉価にするなど仕入に伴う無用の支出を避けるべき任務を有していたにもかかわらず、これに背き、

1 アクセサリーたけひさの利益を図る目的をもって、昭和五三年八月ころから同五七年七月ころまでの間、三越が海外で買い付けオリエント交易を介して輸入した商品につき、アクセサリーたけひさを経由して仕入れる合理的な理由がないにもかかわらず、これをことさらオリエント交易からアクセサリーたけひさに転売させた上三越が仕入れ、これによるアクセサリーたけひさの差益額(アクセサリーたけひさのオリエント交易からの仕入価額と三越への納入価額の差額)合計一五億七七四五万七四六七円を含む仕入代金合計一〇九億〇六四一万八二九七円を、同五三年八月二五日ころから同五七年九月六日ころまでの間、東京都中央区日本橋一丁目五番三号所在三菱銀行日本橋支店の三越の当座預金口座から同都港区六本木四丁目九番七号所在同銀行六本木支店のアクセサリーたけひさの当座預金口座に振込入金し、もって、三越に対し右一五億七七四五万七四六七円相当の損害を加え、

2 被告人乙の利益を図る目的をもって、昭和五四年四月ころから同五七年二月ころまでの間、三越が香港を中心とする東南アジア地域から商品を買い付けるに当たり、同被告人に手数料を支払うべき合理的な理由がないにもかかわらず、三越企業有限公司(以下「香港三越」という。)あるいは香港在住の納入業者らをして、同被告人に支払う手数料名下の金額合計二億六七三一万九三一六円を仕入価格等に上乗せして請求させ、右請求金額を同五四年五月二三日ころから同五七年九月八日ころまでの間、東京都中央区日本橋本石町一丁目六番三号所在の東京銀行本店ほか三井銀行東京支店、富士銀行小舟町支店、第一勧業銀行室町支店及び百十四銀行東京支店の三越の当座預金口座から右香港三越あるいは香港在住の納入業者らに支払い、もって、三越に対し右二億六七三一万九三一六円相当の損害を加え

たものである。

二 自宅改修費関係特別背任事件

被告人甲は、三越の代表取締役としてその業務全般を統括し、同社のため忠実にその業務を遂行すべき任務を有していたものであるところ、兼六加工株式会社に対する自宅の改修工事代金を三越の計算において支払うことを企図し、右任務に背き、自己の利益を図る目的をもって、昭和五五年三月一日ころ、三越が兼六加工との間で、三越の使用する各種ケースに関するリース契約を締結するに際し、兼六加工が希望価格として見積り呈示したリース料金に多額の上乗せをした不当に高額のリース料金を支払うこととした上、同年三月二五日ころから同五七年九月六日ころまでの間、右契約に従い、兼六加工の見積ったリース料金との差額合計八七四二万一九〇〇円を含む合計二億六九八三万九五六〇円を東京都中央区日本橋一丁目五番三号所在三菱銀行日本橋支店及び同銀行東京支店の三越の当預金口座から同都豊島区南大塚三丁目五三番一一号所在同銀行大塚支店及び同銀行春日町支店の兼六加工の当座預金口座に振込入金し、もって、三越に対し右八七四二万一九〇〇円相当の損害を加えたものである。

三 所得税法違反事件

被告人乙は、オリエント交易、アクセサリーたけひさ及び乙アクセサリー学院を経営するかたわら、三越が買い付ける商品に関し、香港三越あるいは香港在住の納入業者を介して手数料収入を得ていたほか、香港在住の三越の関連会社香蘭時装有限公司(以下「オーキッドファッション」という。)から三越のオリジナル婦人服「カトリーヌ」に関するデザイン料収入等を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右手数料、デザイン料等の支払を受けるに当たり、香港の法人名義又は他人名義を用いるなどの不正な方法により、その所得を秘匿した上、

1 昭和五四年分の実際総所得金額が一億二一九四万四六〇四円であったにもかかわらず、同五五年三月一五日、東京都渋谷区宇田川町一番三号所在の所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が五三四〇万三九一四円でこれに対する所得税額が一七四三万七二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額六七一二万三四〇〇円と右申告税額との差額四九六八万六二〇〇円を免れ、

2 昭和五五年分の実際総所得金額が一億九一二〇万二〇七六円であったにもかかわらず、同五六年三月一六日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の総所得金額が八一三一万九九七四円で、これに対する所得税額が二七八七万〇六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額一億一〇三二万一三〇〇円と右申告税額との差額八二四五万〇七〇〇円を免れ、

3 昭和五六年分の実際総所得金額が二億九〇九一万九九二四円であったにもかかわらず、同五七年三月一五日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、同五六年分の総所得金額が一億一〇八三万二三七〇円で、これに対する所得税額が一八三九万七一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額一億四九五三万円と右申告税額との差額一億三一一三万二九〇〇円を免れ

たものである。

第二  公訴事実との関係

以上の原判示事実中、一の1、2(直輸入商品関係特別背任事件)は、被告人両名に対する昭和五七年一二月一日付起訴状記載の公訴事実第一、第二に、同二(自宅改修費関係特別背任事件)は、被告人甲に対する同年一一月一六日付起訴状記載の公訴事実に、同三の1ないし3(所得税法違反事件)は、被告人乙に対する同月五日付起訴状記載の公訴事実第一ないし第三に、それぞれ対応していて、原審は、金額面における若干の減額等を除けば、各公訴事実とほぼ同一の事実を認定したものである。

Ⅱ  本判決に用いる略語・符号等

第一  原審記録等を引用する場合

一 原判決の引用

原判決は、原審記録第一一冊二五四四丁ないし二七四六丁に編綴されているが、その一部を引用する場合には、【一二三】のように、【 】を用い、原判決に独自に付された頁数によって該当箇所を表示する。

二 原審記録第二分類の表示

1 証拠書類群は、原審記録第一四冊三一三六丁の一枝丁から第四四冊同丁の七三四四枝丁に編綴されているが、<20.1300>のように、< >を用い、冊数と枝丁数のみによって該当箇所を表示する。

2 公判供述群は、原審記録第四五冊三一三七丁の一枝丁から第一二〇冊同丁の一八、七七七枝丁に編綴されているが、〔50.1400〕のように、〔 〕を用い、冊数と枝丁数のみによって当該箇所を表示する。

3 証拠書類の表示は、例えば、検察官に対する昭和五七年一一月二日付供述調書を五七・一一・二検面調書とする例による。

三 証拠物の表示

《二〇》のように、《 》を用い、当庁昭和六三年押第七三号の符号のみによって表示する。

第二  固有名詞の略語

一 既出のとおり、会社名については初出時のみフルネームとし、それ以外は「株式会社」又は「有限会社」などの表示を省略する。なお、「三越企業有限公司」を「香港三越」とするような場合には、その都度本文中に注記する。

二 自然人についても、初出時又は既出箇所から相当離れている場合以外は、混同の虞のない限り、姓(外国人の場合は原則としてファミリーネーム)のみによって表示することがある。

三 その他は、本文中に注記する。

第二部  本論

序章 本件各控訴の趣意及びこれらに対する答弁

被告人甲の控訴の趣意は、第一表A項掲記の各書面に記載のとおり、同乙の控訴の趣意は、同表B項掲記の各書面に記載のとおりであり(以下、これらを引用する場合には、「A1」、「B3」のように、同表記載の符号、番号でこれを特定し、該当箇所の丁数又は頁数を記載する。但し、A1については、各章ごとに独立の頁数が付されているため、「1.30」のように章数と頁数とを併記する。)、これらに対する答弁は、検察官樋田誠作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

(第一表)

符号

番号

標題

作成名義人

A

1

控訴趣意書

主任弁護人小松正富・弁護人寺尾正二・同竹澤哲夫・同永山忠彦・同山田有宏・同松本和英・同丸山俊子・同松本修連名のもの(主任弁護人小松正富ほか五名連名の「控訴趣意書訂正申立書」と題する書面を含む。)

2

控訴趣意補充書(1)

主任弁護人小松正富・弁護人寺尾正二・同竹澤哲夫・同永山忠彦・同山田有宏・同松本和英連名のもの

3

控訴趣意補充書(2)

主任弁護人小松正富・同竹澤哲夫・同山田有宏連名のもの

4

控訴趣意補充書(3)

主任弁護人小松正富・弁護人寺尾正二・同竹澤哲夫・同山田有宏・同永山忠彦・同松本和英・同御正安雄・同松本修連名のもの

B

1

控訴趣意書

主任弁護人環直彌・弁護人後藤昌次郎・同高橋利明・同吉川基道・同高野範城・同小野幸治連名

2

控訴趣意補充書

右同(別冊「資料集」一冊を含む。)

3

控訴趣意補充書(二)

右同

第一章  直輸入商品関係特別背任事件(被告人両名関係)

第一節  被告人甲の任務内容に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 判示方法の不備等について

(構成要件の不明確・理由不備の主張、A1四・一以下、B1三一〇以下)

原判決は、三越の代表取締役である被告人甲には、「三越が商品を仕入れるにあたり仕入原価をできる限り廉価にするなど仕入れに伴う無用な支出を避けるべき任務」があった旨判示し【五二など】、同被告人がこの任務に違反したものであるとして、昭和五六年法律第七四号附則二七条により同法による改正前の商法四八六条一項(以下「改正前の商法四八六条一項」という。)を適用している。しかし、①刑罰法規の解釈・適用に際して「無用な支出を避ける」などという意味内容の曖昧な要素を持ち込むことは、構成要件の不明確性をもたらすものであって、憲法三一条に違反する。②そうでないとしても、このような一般的、抽象的な表現では特別背任罪における罪となるべき事実の判示として極めて不十分であって、原判決には理由の不備がある。③企業の営業政策は多様であって、外部から軽々にその当否を判断することは困難である。特に、どのようなやり方で商品の買付・仕入を行うかは、百貨店の経営方針の基本的な事柄に属するものであって(通常は取締役会が決するが、三越においては長年に亘って代表取締役の専決に委ねてきたものである。)、仕入における「無用な支出」かどうかの判断も、当該企業の営業政策如何によって異なる筈であり、法は企業経営の合理性に関する判断に対し謙抑的な態度をとるべきものであるから、企業の経営責任者に対し右のような法的任務を課した原判決は、特別背任罪の解釈・適用を誤ったものである。したがって、原判決は、いずれの点においても破棄を免れない。

第二項 被告人甲の任務内容について

(法令の解釈・適用の誤り等の主張、A4一以下など)

被告人甲には、原判示のように、仕入に際し「無用の支出を避ける」任務はない。すなわち、三越においては、仕入・販売による自社の粗利益を確保するために、従前からの経験や実績等を勘案し、自社にふさしいと考えられる「売価に対する粗利益の割合」をあらかじめ各品別に定めて、これを「店出率」と呼称し、現実の仕入に当たっては、あらかじめ当該商品の売価を決定又は予定し、これに「店出率」を乗じて「粗利益」額を算出し、右粗利益額を確保できる範囲内で仕入を行うという「商」(あきない)の仕方が存在し、店出率による粗利益が確保できない場合には仕入価格の減額を図るが、確保できる場合には納入業者の言い値でも差し支えないこととなり、それ以上の利益は追求しないという方法が行われてきたのである。それ故、三越の仕入担当者の任務は、単に「無用の支出を避ける」ことではなく、「仕入に際し、何ら合理的な理由がないのに出費することによって、所定の店出率による相当程度の粗利益の確保を図ることができなくなることを避けること」であり、仕入担当者らを統括する立場にある被告人甲の任務は、かかる観点から仕入担当者らが「所定の店出率による相当程度の粗利益が確保されないのに、無用な支出をすることのないように管理、監督すること」である。原判決は、店出率を「商品の売価と原価の差額を売価で除したもの」と定義しているが【一九六】、これは販売結果後の粗利益額の売価に対する比率、少なくとも売価と仕入価格が決まった後の比率をいうのであり、それは、右に述べたような原則として仕入前に売価を決定又は予定し、店出率による粗利益額を勘案し、その範囲内で仕入を行うという三越の「商」の仕方を理解せず、仕入担当者、ひいては被告人甲の任務となっている店出率の確保の重要性を誤解又は看過した結果、同被告人の任務内容について、法令の解釈・適用を誤ったものであって、到底破棄を免れない。

第二款 当裁判所の判断

第一項 判示方法に関する主張について

そこで、検討するに、原判決が、三越の代表取締役である被告人甲に対し、商品の仕入に当たっては「仕入原価をできる限り廉価にするなど仕入れに伴う無用な支出を避けるべき任務」があった旨判示【五二、三〇一など】していることは、所論指摘のとおりであるが、右判示が代表取締役の任務内容として曖昧であるとは認められず、これが刑罰法規である背任罪の構成要件として一般的、抽象的にして明確性を欠くとは到底考えられないから、被告人甲に右任務を課した原判決が憲法三一条に反するものでないことはもとより、罪となるべき事実の判示として不備であるともいい得ないところであって、所論①及び②は採用の限りでない。

そして、企業の経営政策が多様であり、小売業者がどのようなやり方で商品を仕入れるかは、原則として当該小売業者の自主的・自由な判断に委ねられるべきものであって、国家の刑罰法規による介入に謙抑的な態度が要請されることは、所論指摘のとおりであるし、仕入に伴う「無用な支出」かどうかの認定・判断、代表取締役ら企業の経営責任者に対する任務違反の事実の認定・判断が慎重になさるべきことは、もとよりであるが、他面、明らかに「無用な支出」をして企業に損害を与えた代表取締役らが所論にいう「経営判断の法則」の名の下に一切の刑事責任を免れるものと解するのは、相当でなく、そのような代表取締役らに対し、その刑事責任が追及されるのは、当然のことであるから、企業の経営責任者に対して「無用な支出」を避けるべき法的義務を課した原判決が、特別背任罪の解釈・適用を誤ったものとはいい得ない。所論③も採ることができない。

第二項 任務内容に関する主張について

そこで、検討するに、関係証拠を総合すれば、被告人甲には、三越の代表取締役として、商品の仕入に当たり「仕入原価をできる限り廉価にするなど仕入れに伴う無用な支出を避けるべき任務」があったものというべきであって、その旨認定・判示した原判決に誤りはない。もちろん、右任務を直接的・第一次的に負うのは三越の仕入担当者であり、代表取締役である被告人甲は、仕入担当者らを統括する立場から、仕入担当者の右任務が適正に遂行されるように、仕入担当者を監督し仕入業務を管理することによって、間接的・第二次的に「仕入れに伴う無用な支出を避けるべき任務」を負うのであるが、原判決は、これを直截に、代表取締役である被告人甲には「仕入れに伴う無用な支出を避けるべき任務」があった旨判示したものであって、もとより、正当である。

所論は、仕入担当者の任務は、「無用の支出を避ける」ことではなくて、「何ら合理的な理由がないのに出資することによって、所定の店出率による相当程度の粗利益の確保を図ることができなくなることを避ける」ことである旨主張し、店出率の確保という観点を離れて仕入担当者及び代表取締役の任務内容を規定することはできないというのであるが、所論が店出率を重視することにはそれなりの理由があるとしても、逆に、店出率さえ確保できればそれ以上の利益は敢えて追求する必要がないとする点には、にわかに賛成できない。

そして、関係証拠によれば、三越における「店出率」が「売価と原価の差額を売価で除したもの」を意味することは、原判示のとおりであって【一九六】、この数式自体に誤りはない(%で表すには、これに一〇〇を乗じる。)。店出率・売価・原価(仕入価格)は関数関係にあるから、そのうち一つが変動すれば、他の数値にも変動が生ずることは明らかである。所論は、買付計画段階で仕入担当者が立案し、決裁を得た売価及び店出率によって算出された仕入価格をことさらに重視するが、これはあくまでも三越側の予定ないし希望による目安であって、実際に海外のメーカー側と取引の交渉をした結果がつねに予定どおりになるという保証はない。取引条件や買付数量の如何により、仕入価格が予定を上回れば、売価を引き上げるか、店出率を引き下げるかの選択を迫られることになるし、予定より下回れば、売価を引き下げて売行きの増加を図るか、売価を維持して店出率の向上を期することができるのであって、そのためにこそ、仕入担当者はメーカー側との交渉において少しでも安く仕入ができるよう努力するのが、「商」の常道である。たとえ、当初予定した売価と店出率から算出された仕入価格の範囲内であっても、より安く仕入れられるのに、それより高い仕入価格を支払うことが「無用の支出」に当たることはいうまでもない。まして、本件では、三越が海外のメーカー等から直輸入できる場合に、その中間にオリエント交易やアクセサリーたけひさを介在させることによって、これらに売買差益を取得させることの当否が問われているのであって、これらの介在が本来必要のないものであったとすれば、たとえこれらの介在にもかかわらず他の直輸入商品と同程度の店出率を確保できたとしても、取得させた売買差益が「無用の支出」に当たることは論を俟たないところである(被告人乙らの有用性については第二節、損害の有無・内容については第五節で詳論する。)。

してみると、被告人甲の任務内容に関する原判決の判示に所論のような法令の解釈・適用の誤りはなく、所論には理由がない。

第二節  被告人乙らの有用性に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 総説

(理由不備等の主張、A1一・一以下、B1六四以下、三一三以下など)

原判決は、三越の代表取締役である被告人甲には、海外からの商品の仕入に際し、仕入原価をできる限り廉価にするなど仕入に伴う「無用な出費」を避けるべき任務があったところ、①原判示期間中の「準直方式」による取引、すなわち、原判決の認定判示するところに従えば【二九ないし三一参照】、オリエント交易の輸入した商品をアクセサリーたけひさに転売し、アクセサリーたけひさから三越に納入して、そのことにより、オリエント交易が輸入原価に対し概ね五%の利益を取得し、アクセサリーたけひさがオリエント交易からの仕入価格の概ね一五%の売買差益を取得する、という「準直輸入方式」、略して「準直方式」による取引において三越からアクセサリーたけひさに支払われた約一五%の売買差益及び②原判示期間中の「香港コミッション方式」による取引、すなわち、原判決の認定判示するところに従えば【三二ないし三五参照】、三越が香港から直接輸入した商品について香港三越等に輸入代金を支払うに際し、被告人乙に支払うべきコミッション分を上乗せし、これを香港で(香港三越等が)同被告人にバックする、という方式による取引において、三越の負担で同被告人に支払われた二ないし五%の裏コミッションは、いずれも、「三越にとって、本来支払う必要のない出費」であったから、三越をして右のような「無用の出費」をさせた被告人甲は、その任務に違背したものである旨判示し【二〇六以下】、その理由として、原判示各期間中の被告人乙らの活動の有用性を全面的に否定している。しかし、オリエント交易の設立以前から原判示期間に至る被告人乙らの一連の活動が、終始一貫して三越の海外商品の仕入業務に極めて有用であったこと、それ故、原判示期間中にアクセサリーたけひさの取得した売買差益及び被告人乙の取得したコミッションが、その有用な活動の正当な対価であったことは、関係証拠上明らかなところである。しかるに、原判決は、長期間・多方面に亘る被告人乙らの一連の活動のうち公訴提起にかかる期間、すなわち、準直方式では昭和五三年八月ころから同五七年七月ころまでの期間、香港コミッション方式では同五四年四月ころから同五七年二月ころまでの期間におけるアクセサリーたけひさ及び被告人乙の活動につき、その有用性を明確に否定し、他面、被告人乙らのその余の活動に対する評価、すなわち、①右期間中の「準直方式」取引におけるオリエント交易の活動に対する評価(換言すれば、右取引においてオリエント交易が概ね五%という利益を取得していたことの当否)、②右期間中のいわゆる「ヨーロッパコミッション方式」、すなわち、原判決の認定判示するところに従えば【三六以下参照】、ヨーロッパから輸入する商品について実行され、被告人乙に裏コミッションを支払う点で香港コミッション方式とほぼ同じ方式の取引における被告人乙らの活動に対する評価(換言すれば、右取引において被告人乙がコミッションを取得していたことの当否)、③右期間より前の時期における被告人乙らの海外における諸活動に対する評価等についての判断を回避しているのであるから、被告人乙らの活動の有用性につき事実を誤認するとともに理由不備の違法をも犯すものである。以下、被告人乙らの活動の有用性につき詳説する。

第二項 被告人乙及びオリエント交易の活動の有用性について

(事実誤認等の主張、A1一・一以下、B1三一七以下、B2一以下など)

一 被告人乙の能力等

原判決は、アクセサリーのデザイン以外の部門における被告人乙の能力につき否定的に評価し、三越による海外商品の開発等について無益・無用であった旨判示するが【一七一】、誤りであって、同被告人がファッションを中心とする海外商品の開発・買付について有能であったことは、同被告人のアクセサリーデザイナーとしての優れた能力、ファッション関係の専門家としての知識と経験、多くのデパートの中から松田社長時代の三越と専属的な関係を結ぶに至った経緯等に徴しても明らかであるし、同被告人がそのセンスと能力を活かして意欲的に活動したことは、海外の主要ブランドのメーカー、サプライヤーらからも高く評価されていたところである。被告人甲を始めとする三越の関係者は、かかる被告人乙の能力と活動を正当に評価し、これが三越にとって有益・有用であると判断して、同被告人やアクセサリーたけひさとの取引を継続した上、設立後間もないオリエント交易との取引を開始し、更に、これを拡大、発展させたのである。原判決は、物的な証拠を無視し、原審証人井上和雄、同宮崎喜三郎、同杉田忠義ら三越関係者の悪意と偏見に基づく虚偽・誇張の供述を措信した結果、事実を誤認したものである。

二 原判示各犯行開始前における被告人乙らの活動

1 三越において昭和四一年九月以降毎年のように行われていた外国フェアは、年間を通じ二週間程度のもので、取り扱われた商品も食料品や民芸品が中心であり、その販売量に照らしても、原判示のように「直輸入推進の一方策」【三八】と位置付けられるものではなく、また、同四六年五月のフランス三越株式会社(以下「パリ三越」という。)を始めとし、徐々に設立されていった海外基地も、当初の目的は日本人旅行客を相手とした土産物の販売や現地外国人に対する日本商品の販売であって、少なくとも同五〇年初頭ころまでは、海外商品の取入、商品情報の収集などの仕入基地としての機能を果たすことができず、三越本店への商品輸出につき、現地法人である吹田イタリア、ユニオンインターナショナル、フランスのアンペック社などの商社等に依存していた状況である。原判決が、昭和四〇年代後半の段階では三越の直輸入推進策が確立・実行されていて、その海外基地の仕入機能も充実していたかの如く判示しているのは【三九以下参照】、事実を誤認したものである。

2 被告人乙は、昭和四四年に六本木で開催されたイギリス宝飾展への訪問、同四六年のヨーロッパ旅行及び香港旅行等を契機として、ヨーロッパ商品の優秀性や香港商品の廉価性を認識し、自らの貿易会社を設立しようと決意して、同四七年にオリエント交易を設立したものであって、当初から自社が三越とともに繁栄することを願い、三越の協力を得ながら三越のための商品開発を目指して意欲的に活動し、その結果、同四八年から四九年にかけて、イギリスのマッピン・アンド・ウェッブ社(以下「マッピン社」という。)の銀製品やゴールドスミスホール所属のデザイナーのアクセサリー類、フランスのファブリス社のアクセサリー類の各輸入販売権の取得に貢献し、また、香港の婦人用バッグなどの雑貨類の開発に成功したのである。被告人乙は、原判示のように【二二】、同甲の推進する三越の直輸入推進政策(そのような政策がまだ存在していなかったことは、前記1のとおりである。)に便乗し、三越社員が選定した商品をオリエント交易がインポーターとなって輸入し、これを全部三越に買い取ってもらうというリスクのない取引を考えてオリエント交易の設立を図った訳ではなく、また、三越の海外基地の仕入基地機能(この時点では、その機能を果たせる状況でなかったことは、前記1のとおりである。)を利用して、その商品開発にただ乗りしたり、不当に介入したものではない。

3 被告人乙は、①昭和四八年一月から、イギリスにおいて、元在日英国大使館員のグローブ・サイモン、ゴールドスミスホールの広報担当官のフランシス・バターズ、ロンドン在住のブローカーのレオ・フィンレーらの協力を得て、マッピン社から銀製品の、ゴールドスミスホール所属のデザイナーのデビッド・トーマスやジョン・ドナルドからジュエリー類の各独占輸入販売権を取得した。これらの独占輸入販売権の取得は、被告人乙と三越との共同開発の成果であって、これをも否定する原審証人岡部明らの証言は、被告人乙の原審公判廷における供述のみならず、マッピン社&ウェッブ・ゴールドスミス初回契約書一綴《五六五》や熊田宗弘の業務日誌一冊《六一三》等の物的証拠に照らして到底措信できないものであり、このことは、当審証人フランシス・バターズの供述によって一層明らかである。原判決は、マッピン社関係の商品開発については、三越の信用力と交渉力、三越本店の社員とこれら基地の社員の尽力によるものである旨判示して、被告人乙らの寄与を全面的に否定し【一二六以下、二一一以下】、ゴールドスミスホール関係の商品開発については、まったく言及することなく、同被告人らの寄与を無視又は看過しているが、その誤りは明らかである。また、②被告人乙は、昭和四八年秋ころ、知人のジル・フォンテーヌの協力を得、オリエント交易の従業員である渡辺康廣と共にフランスのファブリス社と接触して、同社のアクセサリー商品の開発に貢献した。このことは、被告人乙が原審公判廷において詳細、かつ、具体的に供述しているところであり、当審証人ジル・フォンテーヌことグリオール・デ・フォンテーヌ(以下「ジル・フォンテーヌ」という。)の供述は、これを裏付けるに十分であって、被告人乙の右貢献を否定し、ファブリス社の商品は岡部明、松本健太郎らが開発した旨認定【一二九以下】した原判決は誤りである。更に、③原判決は、被告人乙やオリエント交易がフランス、イタリア、ギリシャ、スペイン等における商品開発に貢献・寄与した事実を無視し(仮に、これらのヨーロッパ商品を発見したのが三越のバイヤーであったとしても、その後の交渉によって三越が当該商品を継続的に仕入・販売できるようにした者が被告人乙やオリエント交易と認められる以上、同被告人らの有用性が肯定されるべきである。)、原審弁護人の具体的な指摘にもかかわらず、これらのヨーロッパ商品の開発形態や開発主体について、ほとんど触れていないが、甚だ不公正であり、理由不備の違法を犯すものである。

4 被告人乙は、昭和四六年一一月以降約二年の間に六回も香港やマカオに出掛けて、商品開発に努め、香港の知人陳谷峰の協力を得て、ビーズバッグ、キャビアバッグ等の婦人用バッグ類、ヘレン郭の中国風ドレスを開発したのを始めとして、同五〇年代初めころ以降、香港において、バンバンのジーンズ、メイフェアーやフーハンの宝石、サイベリアンファーの毛皮等を開発し、知人のウイリアム・チエンを介して香港のセーターその他の衣料品等、更に右陳の紹介で知り合ったタイの鄭癸霖らの協力によりタイ・ジュエリーやタイの衣料品類等を開発した。そのほか、昭和五〇年ころまでに三越に取り入れられた香港、台湾、タイなどの東南アジアの衣料品、雑貨類等は、すべて被告人乙やオリエント交易の活動によるものであり、このことは原審の検察官も敢えて争わなかったところである。原判決は、被告人乙が開発し三越がオリエント交易をインポーターとして輸入したビーズバッグ類の売行きが甚だ悪く、大量な在庫が生じ、大幅な値引きを余儀なくされた点だけを強調しているが【一〇五以下】、右在庫に関する原審証人岡部明ら三越関係者の供述は極めて誇張されたものでそのままには措信できない上、右ビーズバッグ類の売行きは、当初非常に良好だったのであって、その後に在庫が増えたのは、他社が追随して類似のバッグ類を大量に仕入れたことや星野博ら三越の担当者が過剰な買付を行ったことに起因するものであるから、右の大量在庫をもって被告人乙の商品開発における有用性を否定するのは誤りである。また、ヘレン郭のドレスは、三越の担当者がそれなりの見識と判断に基づき相当の期待を抱いて売り出した商品であって、仮に売行きが悪かったとしても、これを被告人乙のみの責任にするのは不当である。更に、原判決が、バンバンは、すでに昭和四九年夏ころに香港三越の奥山支配人が開発した商品であって、被告人乙は、右奥山の依頼でこれを東京三越に取り次いだに過ぎない旨判示するが【一一八】、到底措信することのできない原審証人奥山清秀らの関係供述を信用した結果事実を誤認したものである。

三 原判示各犯行期間中における被告人乙らの活動

1 被告人乙は、ヨーロッパにおいて、三越のバイヤーに同行し、商品の選品・買付について助言したり、外国のメーカーやデザイナーを表敬訪問したりしたほか、日本において、来日した外国のメーカーらの接待に努めるなどして、海外商品の開発・選品・買付やメーカーらとの取引の円滑化のために多彩な活動をした。原判決は、海外商品の開発・選品・買付はすべて三越のバイヤーと海外基地社員の協力によって行われたものであり、それで十分であって、被告人乙らの関与が必要であったとは認められない旨判示し【一七〇】、同被告人らの活動の有用性を全面的に否定しているが、事実を誤認したものである。この点に関し原判決は、商品開発や買付同行の場面における被告人乙らの有用性を否定する理由の一つとして、三越のバイヤーが「担当商品分野において一〇年以上の経験を有するその筋の専門家」であることを指摘し、このようなバイヤーの商品開発や買付に際し、被告人乙らが適切なアドバイスを与えることは不可能というほかない旨判示している【一七一】。しかし、返品のきく安易な殿様商法の下で成長してきた三越のバイヤーの能力と独立したデザイナーとして活躍してきた被告人乙の能力を比較すれば、ほとんど取り扱った前例がなく、しかも、トータルなファッションセンスが要求される海外のアクセサリーや衣料品などの開発・選品等の場面において、三越のバイヤーの方が劣っていたことは、多言を要しないところであって、形式的な経験のみを重視する原判決の右説示は、明らかに誤りである。

2 被告人乙は、香港や東南アジアにおいても、三越のバイヤーに同行して商品の選品・買付につき助言するなどして、バイヤーらに積極的に協力し、三越の商品開発・選品・買付に貢献した。これに対し原判決は、香港や東南アジアの商品について、①被告人乙による開発・買付・同行等の事実自体を否定し、あるいは、右事実を認めた上、②三越にとって必要のない買付であったとか、③同被告人の関与がなくとも買付が可能であったなどと判示して【一八一以下】、同被告人の有用性を否定するが、信用性に欠ける原審証人奥山清秀ら三越関係者の供述に基づくもので、事実を誤認したものである上、現実に被告人乙の関与の下に商品の買付がなされ、当該商品が国内で販売されたという事実が認められる以上、②や③のような理由をもって被告人乙の有用性を全面的に否定することはできない筈である。また、被告人乙が三越のバイヤーとの同行買付の際などにトータルファッションの観点からいろいろと意見を述べた事実は、原判決も否定し得ないところであるが【一八三以下】(なお、ヨーロッパ商品につき【一七〇】)、かかる発言だけでも、バイヤーにとって無益・無意味とは到底いえない筈であるから、このような貢献までも否定しようとする原判決の判断が誤りであることは、明らかである。

3 被告人乙は、三越のプライベートブランド商品である「カトリーヌ」という名の婦人服の製造・販売に関与し、素材の買付、デザインの企画・指導等、極めて精力的に働き、古い三越の体質にはなかった新しい考え方を三越にもたらして、この点でも三越に貢献した。原判決は、「カトリーヌ」のデザイン企画を支えてきたのは、三越の社員であり、これに対する被告人乙の実績として評価すべきものはなく、しかも、「カトリーヌ」の在庫が累積したのは、生地の買付に際してオリエント交易がコミッションを取得し、生産段階で被告人乙らがデザインフィーを取得したことが一因であって、同被告人の「カトリーヌ」への関与は、三越にとってむしろマイナスであった旨判示しているが【一八八以下】、信用できない原審証人藤村明苗らの供述に基づく誤った判断である。

4 オリエント交易の従業員は、被告人乙と相俟って、多岐に亘る活動をして三越に貢献した。特に、柳田満は、ヨーロッパに長期間多数回出張し、昭和五五年からはパリにアパートを借り受けて同地に滞在して、新たな差別化商品の開発、業界情報の収集、三越の仕入担当者や海外基地社員との打合せと両者の間の連絡調整等に活躍したほか、バイヤーの買付に際しては、あらかじめ打ち合わせた上同行し、商品の選定、買付後の検査や書類の作成等の事後処理、更に輸入手続業務等を実行したものである。このような柳田らの活動状況は、パリ三越、イタリア三越株式会社(以下「ローマ三越」という。)、ドイツ三越有限会社(以下「ドイツ三越」という。)等の海外基地と柳田の間、東京の三越仕入本部と柳田の間の連絡文書の記載内容、柳田の署名のあるインボイスやオーダーシートの存在等に照らし明らかであって、このような活動が、三越にとってまったく無用・無益とはいい得ないことは多言を要しない。もっとも、天野治郎を始めとする三越の関係者は、柳田らが活動した事実自体を否定し、あるいは、右事実を認めながら三越にとっては有害無益なものであった旨供述しているが、到底措信することができないものであって、原審証人天野治郎らの供述に基づき柳田らの活動の有用性を全面的に否定した原判決は【一四四以下、一五八以下】、証拠の評価を誤って事実を誤認したものというほかない。

第三項 アクセサリーたけひさの活動の有用性について

(事実誤認の主張、A1二・二七など)

アクセサリーたけひさは、準直商品の三越への納入に際し、納入業者として、検品、値札付け、三越への店員の派遣等の活動を行った。原判決は、この事実を認めながら、右検品や値札付けは「アクセサリーたけひさが三越への商品納入の窓口となるに伴い必然的に求められる事務であって、正確に履行して当然の事柄であり、このことをもって準直方式を正当化する理由とならない」旨判示している【一七六、一七八】。しかし、検品等の業務は、三越が直輸入する場合には、みずから行わなければならない事務であり、納入業者がこれを行うのは、三越への商品の販売によって売買差益を取得するからであって、換言すれば、アクセサリーたけひさの取得した売買差益の中には、同社がかかる事務を行ったことの対価相当分が含まれているものである。したがって、原判決がかかる対価性までも否定するのであれば、その誤りは明白であり、少なくともアクセサリーたけひさの検品等の活動によって三越が自らの出費を免れた分について、これをアクセサリーたけひさに取得させても、「無用な支出」とはいえない筈である。もっとも、原判決は、アクセサリーたけひさの検品等の業務遂行について、三越の好意に甘えたところがあった、とか、準直方式を正当化させる寄与として評価することができないなどと判示しているので【一七七以下】、アクセサリーたけひさには一部たりとも売買差益を取得する理由がなかったものと判断しているようにも解されるが、そうであれば、アクセサリーたけひさの検品等の実情について事実を誤認したか、その評価を誤ったものである。

第二款 当裁判所の判断

第一項 総説

そこで、原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、オリエント交易及びアクセサリーたけひさが、いずれも、その実態において被告人乙の個人会社に過ぎないことは関係証拠上明らかであるから(オリエント交易の実質的な従業員は、柳田満、樫村武、武藤登ら数名に過ぎず、アクセサリーたけひさの従業員もブティックの販売員を除けば七名程度であって、資金、事務所等を共通していたことは、関係者の供述にも現れているところである。柳田満の五七・一一・九検面調書<四四・七三〇〇以下>等参照)、これらの企業及び被告人乙個人の活動等に対する有用性の有無・程度を評価し、その対価の支払の当否を判断するに当たっては、準直方式、香港コミッション方式、ヨーロッパコミッション方式の各取引を含むいわゆる乙絡みのすべての取引において、三者を一体のものとして全体的に評価・判断すべきものであって、これを区分し、個別的に評価・判断するのは相当ではないと認められるところ(所論も、基本的にはかかる評価方法を前提としているものと解される。B1三一六以下参照)、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示各期間中の準直方式及び香港コミッション方式による各取引について、被告人乙らの活動の有用性を全面的に否定し、これを三越にとって無用・無益と断定することは、いささか困難であって、むしろ若干の有用性を肯定するのが相当であると認められ、当審における事実取調べの結果によっても、この結論に変わりはないから、原判決は被告人乙らの活動の有用性について事実を誤認したものといわなければならない。

しかしながら、被告人乙らの活動について若干の有用性が肯定されるとしても、直ちに同被告人らに対する支出のすべてがその活動の対価として正当なものといえるか否かは別論であって、関係証拠によれば、アクセサリーたけひさが準直方式の取引によって取得した売買差益は、被告人乙らの活動の有用性の対価として許容し得る限度を明らかに超えた違法なものと認められるから、被告人甲らがアクセサリーたけひさに売買差益を取得させたことは、やはり、三越にとって「無用の支出」といわざるを得ず(それ故、準直方式取引にかかる特別背任事件において、被告人乙らの活動の有用性に関する原判決の誤認は、何ら判決に影響を及ぼすものではない。)、他方、被告人乙が香港コミッション方式取引によって取得したコミッションは、同被告人らの活動の有用性の対価として許容し得る限度内のものとみる余地があるから、被告人甲らの被告人乙に対する香港コミッションの支払をもって「無用の支出」と認定・判示した原判決は、右香港コミッション方式による特別背任の事実に関する限り、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を犯したものというべきである。以下、その理由を説明する。

第二項 被告人乙らの活動の有用性に関する主張について

原判決が刑訴法三三五条一項所定の有罪判決の理由をすべて具備していることは明らかであり、その理由不備をいう所論(前款第二項二の3の①及び③参照)は、単に原判決の証拠説明の不足を非難するに過ぎないから、同法三七八条四号にいう理由不備の主張には当たらない。そもそも、公訴事実として明示された訴因が一定の期間内における被告人両名の犯行に限定されている以上、右期間外における事情の如きは、当該期間内における犯罪の成否を判断するに必要不可欠な限度において判断すれば足り、また、その判断内容を証拠説明中に説示すると否とは原審裁判所の裁量に属するものというべきである。所論は、原判決の証拠説明の説示を攻撃しつつ、結局その判断の誤り、すなわち事実誤認を主張するに帰する。

もっとも、原審において、検察官は、三越の海外商品の取入に関し、準直方式及び香港コミッション方式のみならず、ヨーロッパコミッション方式による取引をも含め、すべての時期のすべての商品・すべての取引について、商品情報の提供、商品の開発、選品、買付、輸入事務の履踐、納品等の場面における被告人乙個人及びオリエント交易、アクセサリーたけひさの活動の有用性を、全面的に否定し、被告人乙らの活動は三越にとって終始無用・無益ないし有害であった旨主張しているものと解され(但し、①原判示期間内の準直方式取引においてアクセサリーたけひさが取得した売買差益のうち、同社の従業員らが検品に際して商品に若干の加工を施したり、包装用箱詰め等を行ったと認められる分については、これを三越の損害額から除外しているし(原審記録第一冊一〇六丁参照)、②原判示期間内の準直方式取引においてオリエント交易が取得した輸入原価の五%のマージンについては、これを不問に付していて、論告では、その理由として、敢えてアクセサリーたけひさの一社の利得に対応する三越の支払分のみを起訴の対象としたのは、準直方式が、マスコミ攻勢をかわし被告人乙の介入を隠蔽しようという目的でなされたものであり、そのこと自体に違法性が強く認められること、オリエント交易からアクセサリーたけひさへの転売といっても伝票上の処理に過ぎず、同社に固有の事務がなかったことなどを勘案して、いわば、内輪の金額としてアクセサリーたけひさに取得させた分のみに限定したものである旨主張している。原審記録第七冊一六六〇丁以下参照)、原判決も、その理由中、第四章の冒頭部分【九四以下】において、かかる限定された公訴提起を前提としながらも、準直方式、香港コミッション方式とヨーロッパコミッション方式とは相互に関連する面があり、かつ、準直方式、香港コミッション方式の全体像を把握するためには、その成立過程に遡る必要があることから、関連する諸事実全般について、弁護人の主張に対する裁判所の判断を示す旨説示した上、原判示各期間中の被告人乙らの活動について、その有用性を全面的に否定するとともに、準直方式採用以前の時期におけるヨーロッパや香港での被告人乙らの各種の活動や原判示期間中の準直方式取引におけるオリエント交易の活動等について、必ずしも明示していないものの、ほぼ全面的に無用・無益という否定的な評価をしているものと解される。

しかしながら、原審及び当審における関係証拠を検討すると、オリエント交易設立後の長期間、多方面に亘る被告人乙、オリエント交易、アクセサリーたけひさの活動のすべてが、三越にとってまったく無用・無益であったとは断定し難く、この点に関する原判決の説明及び判断にはたやすく賛成できない。

例えば、原判決は、第四章の六において、被告人乙やオリエント交易の従業員柳田満らの活動につき、「スペイン関係の商品の開発に関し、柳田がパリ三越以上に寄与したとは考えられない」【一六二】とか、「柳田の動向調査も、三越にとって無意味ではないとしても、取り立てて評価すべき事柄でもない」【一五九】とか、「私が買付けたアクセサリーについてさえ、オリエント交易が買付けたと胸を張って言えるようなものではなく、たとえ私の働き分を評価してもらうにしてもオリエント交易がとる五パーセントのマージンでも充分過ぎる程」である旨の柳田の五七・一一・九検面調書<四四・七二九八>を引用しながら、柳田が単独でメーカーや展示会場に赴いたり、買付をしたりした事実もあるが、「それは、専ら昭和五五年ころからであるうえ、回数もそれほど多くなく、……柳田の行動に独自の商品開発活動あるいはバイヤーの商品買付のための事前準備または下調査と評価できるものがない」【一五五以下】旨判示し、また、被告人乙の「メーカーへの表敬訪問や接待は、……三越の立場からすれば、わざわざそのようなことをする必要はなく、また、商品開発にとっては、付随的、従属的な事柄であって、重視するに足りない」【一七一以下】、各種ブランド商品の販売権はすべて三越の信用力と交渉力で獲得したものであり、「これに対する被告人乙の貢献は無きに等しい」【一七二】旨判示しているが、被告人乙の活動の有用性を全面的に否定し去る理由としては、曖昧な点が残り、必ずしも説得的なものとはいえないのである。

もっとも、この点に関し、原判決は、被告人乙らの活動の有用性について全面的に否定的な判断をしたものではなく、準直方式取引による売買差益、香港コミッション方式取引による裏コミッションのように、継続的な利益の取得を正当化し得るような有用性が認められないと判断したものとも解されるのであるが、被告人乙らの活動に何らかの有用性が認められる以上、その対価の支払方法としては、一回限りの報酬として支払う方法や顧問契約を締結して定額のコンサルタント料を支払う方法等だけでなく、取引量に対応して継続的に定率のコミッションやマージンを支払う方法(準直方式における売買差益も実質的にはマージンにほかならない。)もあり得る訳であって、このような継続的な支払が絶対に許されず、明らかに違法であるとは認められないところである。

ところで、長年に亘る被告人乙らの活動、すなわち、三越の海外商品の開発、選品、買付、輸入業務、納品、情報提供等に関する同被告人らの関与の状況は、様々であって、商品ごと、取引ごとに異なるといってもよい状況である。原審及び当審で取り調べた関係証拠によれば、例えば、ヨーロッパの海外商品の新規開発に限定しても、(a)被告人乙らがサプライヤー側の代理人的立場で三越に売り込んだ型、(b)同被告人らがメーカーやサプライヤーと三越との中間にあってブローカー的な役割を果たした型、(c)同被告人らがサプライヤーとの交渉に際して三越への納入であることを利用し、これを条件として独自に開発して三越に売り込んだ型、(d)同被告人らが当初から三越と協力して開発した型、(e)同被告人らが三越において既に実行され又は準備中の商品開発に途中から割り込み、あるいはこれを横取りした型等々が存在したことが窺われ、これら開発の態様や時期等によって、被告人乙らの活動の三越に対する寄与・功績ないし有用性の有無・程度が同一といえないことは明らかであり、また、被告人乙らが、形式的とはいえ海外からの輸入事務及び三越への納品事務を担当する準直方式取引の場合と、形式的にもこれらの事務を担当しない香港コミッション方式取引の場合とでは、おのずと同被告人らの活動の有用性に差異があることはむしろ当然と考えられる。

したがって、被告人乙らの活動に対する有用性の有無・程度は、起訴された期間内における個々の取引ごとに個別的・具体的に検討すべきであるとの見解もあり得ないではないが、長期間に亘る多種・多様な商品取引に関する被告人乙らの関与・貢献の有無・程度につき個別的・具体的に検討することは事実上不可能であって、右のような見解に従うことは現実的でなく、相当とは思われない。そこで、被告人乙らの活動の有用性の有無・程度については、典型的な幾つかの取引を対象として検討し、その開発、選品、買付等の各場面における同被告人らの関与・貢献の有無・程度等を吟味し、これらを総合的・全体的な観点から評価することとする。

このような見地から関係証拠、殊に、押収にかかる熊田宗弘の業務日誌一冊《六一三》、当審証人ジル・フォンテーヌ、同フランシス・バターズ、同増田昌弘、同熊田宗弘、同岡部多佑の各供述、当審で取り調べた検察事務官作成の平成四年六月八日付捜査報告書、検察官作成の同月九日付、同年一〇月二八日付、同年一一月一一日付、同月一八日付の各捜査報告書、犬塚寿一の博文館当用日記一冊《六四二》等を検討すると、被告人乙が、①昭和四八年一月末以降、知人の加瀬英明らの協力を得て、イギリスのゴールドスミスホールに所属するデビッド・トーマス、ジョン・ドナルドらのデザイナーと接触し、両名の制作するジュエリー類の三越における販売、そのための輸入権限の取得に寄与したこと、②同年一月ころ以降、知人のグローブ・サイモン、レオ・フィンレーらの協力を得て、イギリスのマッピン社の関係者と接触し、同社の銀製品の三越における販売、そのための輸入権限の取得に寄与したこと、③同年九月ころ以降、オリエント交易の渡辺康廣らと共に、ジル・フォンテーヌらの協力を得て、フランスのファブリス社のアクセサリー類の三越における販売、そのための輸入権限の取得に寄与したこと、④前記ジル・フォンテーヌや知人のデビ・スカルノあるいは陳谷峰らの協力を得て、アルニス、ポール・ルイ・オリエなどのヨーロッパのアクセサリーないしファッション関係商品あるいは香港の宝石、毛皮、衣料品等を三越が輸入することについて、寄与、貢献したことなどの事実関係を窺うことができるのであって、これらの商品の開発について、被告人乙らが三越の担当者と連絡を取り、共同で交渉に当たったと見られる点や輸入権限取得の決め手となったのは三越の信用力であったとみられることなどの諸点をもって、原判決のように、被告人乙らの寄与・貢献を全面的に否定することは相当でなく、その他、被告人乙らのヨーロッパや香港における商品情報の提供、買付同行の場面における関与等についても、そのすべてを専ら自己らの利益追求のための行動と決めつけ、三越にとって無用・有害として排斥することはできないところである。

もっとも、右にみたように、被告人乙らの商品開発・買付等における寄与・貢献、すなわち、同被告人らの活動の有用性は、時期的にみれば、本件公訟事実の対象期間外である昭和四八年から同五〇年ころ、対象としてみれば、ヨーロッパのアクセサリーないしファッション関係商品の開発において、最も著しく、その後のヨーロッパ商品や香港商品の開発や買付等については、比較的小さいものと認められ、中には有用性がまったく認められないばかりか、迷惑ないし有害といえるものさえあったことが窺われる(これらの点に関する三越関係者の原審証言の中には、極めて具体的で迫真性に富むものが少なくなく、所論のように、三越関係者の供述であるとの一事をもって、その信用性を排斥することはできない。)。しかし、初期開発のヨーロッパ商品の中にも、ファブリスやポール・ルイ・オリエなどのように公訴事実の対象期間内における準直方式の取引が継続していた商品が存在するのである(それ故、検察官が当審弁論において主張するように、商品の開発時期が公訴事実の対象期間前であることを理由に、これを単なる背景事情とみるのは相当でない。)。

以上を要するに、長期的、かつ、多岐に亘る被告人乙らの活動を総合的・全体的な観点から判断すれば、さまざまな消極的評価はある程度免れないにせよ、なおこれを超えて、若干の有用性を肯認せざるを得ないのであって、これを全面的に否定した原判決は、事実の評価を誤り、事実を誤認したものというべきである。

第三項 有用性の程度、対価の相当性についての検討

被告人乙らの活動について有用性が肯定されるとしても、問題は、その有用性の程度如何、換言すれば、その有用性に対する対価としてどの程度の支出が正当なものとして許容されるかという点にある。そこで、進んで準直方式取引によってアクセサリーたけひさに取得させたオリエント交易からの仕入価格の約一五%という売買差益及び香港コミッション方式によって被告人乙に取得させた仕入価格の概ね二ないし五%という裏コミッションをもって、三越にとって「無用な支出」と断定した原判決の当否について、以下に検討することとする。

一 アクセサリーたけひさに取得させた売買差益

前示のとおり、被告人乙らの活動の有用性については、同被告人個人とオリエント交易、アクセサリーたけひさの三者を一体として全体的に評価すべきものと考えられるところ、関係証拠を総合して検討すれば、準直方式の取引における被告人乙らの活動の有用性の対価として、三越からの支出が正当・適正あるいは違法性を否定されると認められるのは、最も被告人乙らの利益に考慮してみても、原判示期間中においてオリエント交易が取得していた同社のマージン分(輸入原価の約五%。最も、輸入諸掛の過大計上や経費の架空計上等によって、実際には、輸入原価の約五%よりもかなり多かったことは、原判示【一九二】のとおりである。)を超えるものではないと認められる。すなわち、関係証拠によれば、①三越における「準直方式」は、被告人乙らに対するマスコミや三越内外の攻勢を避けるという意図の下、まったく必要がないのに、海外からの商品の仕入に際し、オリエント交易から三越へというルートの中間にアクセサリーたけひさを介在させる(その結果、三越への納品に伴う検品、値札付けなどの作業の担当者がオリエント交易からアクセサリーたけひさに移転した。)というものであるところ、被告人甲は、同乙の口から準直方式による取引がなされていることを知らされた昭和五一年ころの時点において、同被告人に対し「できるだけコミッション方式でやれ」と指示し、更に同五四年一〇月ころの常務会では斉藤親平らに対しても「乙の口座を通さずバックマージンでやれ」と指示していたものであり、被告人乙自身も、準直方式からコミッション方式への切替えをもって当然のこと、少なくとも、やむを得ないことと認識していたこと、②被告人乙らの活動の有用性が全体として比較的高いと見られるのは、原判示期間より前の時期である昭和四八ないし五一年ころまでの商品取引に関するものであり、この時期において被告人乙らが開発等に関与したと見られる商品のうち原判示期間中の準直方式取引が継続しているものは、ファブリス、ポール・ルイ・オリエなどごく一部に過ぎないこと、③商品の開発等について最も被告人乙らの貢献度が高いと思われる場合であっても、三越と被告人乙らの共同作業とみるのが相当であり、被告人乙らが三越とまったく無関係に開発等を完成したものとはいえないところ(このことは所論も概ね認めているところである。)、独自に商品を開発するなどし、宣伝費等を負担し、また、返品等のリスクを負って百貨店などの小売業者等に納入している貿易商社等が取得しているコミッションは、通常、三ないし七%とも、五ないし一〇%とも言われていること(原審証人斉藤親平の供述〔七四・七四七四以下〕及び当審証人岡部多佑の供述参照。なお、三井イタリア、樫山イタリアなどの商社に商品開発、アテンド、ショッピングなどをやってもらった場合の手数料は五%位であった旨の原審証人中山勝彦の供述〔八五・九七七五以下〕、三井物産の場合、通常のマージンは三ないし五%であり、倉庫で長期に亘り商品を保管してもらうようなケースでは金利及び倉庫料として二ないし三%のマージンを加算していた旨の原審証人矢追秀一の供述〔七二・六九一九以下〕、流通業界の常識として一つの会社を介在させれば五%位の口銭を取られることになる旨の原審証人宮崎喜三郎の供述〔五三・二一二一〕等参照。もっとも、原審証人岡部明、同井上和雄、当審証人吹田富雄の各供述等によれば、ティファニーと日貿商事株式会社、ロエベとロエベジャパンのように外国のメーカー、サプライヤーらと国内商社との間に特殊な関係が存在し、小売業者等の側で当該商社からの仕入を必要不可欠とする事情がある場合などには、その商社の取得するコミッションの率はもっと高くなっていることが認められるが、本件において、被告人乙らにつき、かかる特殊な関係を考慮する必要があるとは認められない。)、④オリエント交易の従業員の代表格として、被告人乙に従って活動した柳田満は、検察官に対し、オリエント交易とアクセサリーたけひさの二つの会社は実質的に同一であるが、自分らが買い付けたアクセサリー類についてさえ、オリエント交易が買い付けたと胸を張って言えるようなものではなく、自分の働きを評価してもらうにしても、オリエント交易の取得する五%のマージンでも十分過ぎる程であり、アクセサリー類以外では五%のマージンもおかしい位である旨供述していること(柳田満の五七・一一・九検面調書<四四・七二九以下>参照。もっとも、柳田は、原審公判廷では、これと異なる供述をしているが、そのままには措信できない。)、⑤被告人甲においても、検察官に対し、被告人乙の選品のセンス等は評価していたが、これに対しては契約を結んだ上で五%(但し、調書の末尾で五ないし一〇%と訂正)前後のコンサルタント料ないしコミッションを払えばよい訳であり、特に、オリエント交易のほかにアクセサリーたけひさにもマージンを払うのはまずいと感じた旨供述していること(被告人甲の五七・一一・二二検面調書<四二・六六二八以下>参照)、⑥被告人甲は、昭和五三年暮ころ、香港コミッション方式の推進に関し、宮崎に対して、三越の直輸入が増えることになるが、それでは、これまで商品開発に努力してきた被告人乙が可哀想なので、マージンを乗せてやることにする、五%位なら安いものである旨述べて指示したことが窺われること(原審証人宮崎喜三郎の供述<五四・二一七一以下>参照)等の諸点にかんがみると、原判示の期間における準直方式取引に関する限り、被告人乙らの活動の有用性の対価として、正当と認められ、若しくは、違法とは断定できないのは、せいぜい、オリエント交易が取得していた輸入原価の五%というマージン分だけであると認めるのが相当である(ちなみに、オリエント交易は、準直方式導入当初から昭和五三年四月ころまでの間には平均一〇%、それ以前には平均一五%のマージンを取得していたことが窺われるが、いずれも本件公訴事実の対象期間外の事実であるから、ここでは特にその適否についての判断は示さない。)。

なお、右①のとおり、アクセサリーたけひさの行った検品・値札付け・派遣店員等は、「準直方式」の導入前にはオリエント交易が行っていた作業の一部を「準直方式」という形態の取引を導入した結果としてアクセサリーたけひさが担当するようになったものに過ぎず、この導入のために被告人乙らの活動に対して支払うべきマージンないしコミッションが新たに増加する合理的な理由はないから、結局、被告人乙らがオリエント交易のマージンという形で取得したもののほかにこれと別個にアクセサリーたけひさが適法に取得できるマージンないしコミッションはなかったものというべきである。アクセサリーたけひさの検品等の作業に対する対価支払の正当性を否定した原判決を論難する所論(前款第三項参照)は、結論において理由がない。

してみると、原判示時期における準直方式取引において、被告人甲らが被告人乙ら(具体的にはアクセサリーたけひさ)に取得させた約一五%の売買差益は、三越にとって明らかに「無用の支出」であって、違法といわざるを得ず、後記(第三節第二款、第四節第二款参照)のとおり、被告人乙はもとより被告人甲においても、そのことは十分認識していたものと認められるから、準直方式取引について特別背任の事実を認定した原判決は、正当として是認することができるところであり、被告人乙らの有用性についての評価・判断の誤認は、判決に影響を及ぼすものとはいえない。

二 被告人乙に取得させた香港コミッション

関係証拠によれば、被告人乙らの活動の有用性を全体的に考察する限り、香港コミッション方式による取引の場合も準直方式による取引の場合と大きな差異はないものと認められる。すなわち、香港コミッション方式においては、オリエント交易やアクセサリーたけひさが、輸入・納品の事務を担当・実行しないという点が異なるのは当然として、被告人乙やオリエント交易の柳田らが、香港において、香港、東南アジアなどの商品の開発や商品情報の収集を行い、三越のバイヤーによる香港三越での買付を準備してこれに同行し、メーカー側との交渉・選品の際に助言するなどした点で、準直方式による取引の場合とさしたる違いはなく、これらの商品開発、選品、買付等の場面において、被告人乙らの関与が無益あるいは有害と評価されるものも少なからず存するものの、被告人乙らの関与・貢献がかなり大きいと評価されるものも絶無ではなく、これを全体的に考察する限り、被告人乙らの行動等に若干の有用性を肯定せざるを得ないことは、準直方式取引における場合とほぼ同様である。

この点に関し、原判決は、香港コミッション方式取引についても、被告人乙らの有用性を否定し、例えば、香港の宝石店メイフェアーやフーハンとの取引について、被告人乙が陳谷峰に依頼して香港三越に紹介したものであるが、被告人乙としては、三越に紹介して買付が行われることにより自己の利益につながるというただそれだけのことに過ぎない上、メイフェアー等の宝石店も、三越としては陳谷峰や被告人乙の関与がなければ買付できない店ではなく、被告人乙に対して、「せいぜい初めの買付においてなにがしかの謝礼をすればそれで十分である程度」である【一八二】とか、サイベリアンファーとの毛皮の取引について、被告人乙からの働きかけがあったために取引が開始され、同被告人にデザインやサンプルに関する意見を聞いたこともあったが、香港三越において、すでに調査、接触済みのメーカーであり、「被告人乙ないし陳の紹介を特に必要としなかったもの」である【一八五】とか、ラオハイシンの紳士服やカポックガーメントの婦人セーターについては、陳谷峰の関与が窺われるが、「三越としては、右商品の買付に陳や被告人乙の尽力を必要としたわけではなく、売込に来たのを受けて買付けたに過ぎない」などと判示【一八八】しているが、被告人乙らの活動の有用性を全面的に否定し去る理由としては、必ずしも説得的とは認められない。確かに、被告人乙らの活動の中には、その実態に照らし、せいぜい初めの買付において謝礼をすればそれで十分、と評価されるものも散見され、原判決はかかる観点から、コミッションという継続的かつ定率的な金員の支払を違法としたものとも解されるのであるが、被告人乙らの活動の有用性が全体として否定できない以上、その対価の支払方法として、一回限りの謝礼方式によるか、小額とはいえ定期的な報酬方式によるか、定率的なコミッション方式によるかは、原則として企業である三越と業者である被告人乙の間で自由に決し得る事柄であると考えられ、コミッション方式によることが、その率の如何を問わず、まったく許されないものとは認められない。

そして、被告人乙らの有用性の対価については、準直方式取引の場合と異なり、同被告人らが輸入・納品の業務を担当・実行していなかった点や元来、取引の対象となったものがヨーロッパのブランド商品と異なり、単価が安いことをセールスポイントとし、多量販売と低価格仕入を必要とするいわゆる価格訴求商品(原審証人宮崎喜三郎の供述〔五四・二一六九以下〕参照)であったこと等にかんがみ、準直方式取引によるオリエント交易の取得マージン分(形式的には輸入原価の平均五%)を若干下回る程度をもって正当と考えられるところ、本件において被告人乙が取得した香港コミッションは、原判示のとおり、概ね二ないし五%であって、右にみた準直方式取引によるオリエント交易の取得マージン分を全体としてはかなり下回るものであったと認められるから、結局、被告人乙の香港コミッション取得は全体として違法性を帯びるものとは断定できないことになる。換言すれば、被告人甲らが、香港コミッション方式の取引によって被告人乙に裏コミッションを取得させたことが三越にとって「無用の支出」に当たることについては、合理的な疑いを容れる余地があるというべきであり、関係証拠を再検討してみても、右判断を覆すに由ないところである。

してみると、被告人両名に対する昭和五七年一二月一日付起訴状記載の公訴事実の第二については結局犯罪の証明がないことに帰し、無罪を言い渡すべきものであって、これにつき有罪の認定をした原判決は事実を誤認したものであり、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点において破棄を免れない。各論旨は右の限度において理由がある(したがって、次節以下においては、右公訴事実の第二、すなわち香港コミッション方式による手数料支払に関する控訴趣意についての判断を省略する。)。

第三節  共謀及び実行行為に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 総説

被告人両名は、原判示特別背任の犯行を共謀したこともこれを実行したこともなく、被告人両名が共謀の上で右犯行に及んだ旨認定して、共同正犯の成立を認め、これを包括一罪として処断した原判決には、理由不備、審理不尽、訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令の解釈・適用の誤りなどがあり、到底破棄を免れない。以下詳説する。

第二項 訴因の特定について

(訴訟手続の法令違反等の主張、A1五・三以下)

本件公訴事実として記載された被告人両名の「共謀」及び「実行行為」の内容は極めて曖昧であり、訴因としての特定を欠き違法なものであったのに、原審は、釈明その他の措置をとることなく、訴因不特定のまま漫然と審理を開始して有罪の実体判決を言い渡したものであって、審理不尽又は訴訟手続の法令違反を犯すものである。

第三項 判示方法の不備等について

(理由不備、審理不尽、法令の解釈・適用の誤り等の主張、A1三・七以下、A1五・一以下、A1七・一以下など)

原判決は、被告人両名の共謀による特別背任の事実を認定判示しているが【五一ないし五三】、その補足説明部分を加えて原判決を子細に検討しても、①被告人両名による特別背任共謀の日時・場所・方法等は、すべて極めて曖昧で不特定というほかない。この点につき、原判決は、「被告人甲は、昭和四八年末ころから同四九年春ころにかけ、被告人乙の要請を受けて準直方式及び香港コミッション方式による商品取入を部下に指示し、右各方式を実行に移したものであって、この段階において、被告人両名に右方式によることについての共謀があったことは明らかである」旨説示【二五五】するが、依然明確性を欠くばかりでなく、仮に、右時点において準直方式取引についての共謀が成立したというのであれば、そのような共謀が四年以上の潜伏期間を経て原判示犯行に至ったというのは余りに不自然である。②共謀に基づく実行行為及び実行行為者が判然とせず、例えば、被告人らは実行行為者なのか、それは被告人両名なのか一方だけか、ほかにも実行行為者がいるのか、いるとすればそれは誰か、また、何が実行行為か、例えば、被告人甲の三越担当者に対する乙絡み商品の輸入推進・拡大等の指示行為か、同被告人の指示に従ってなされた三越担当者の個々の輸入行為か等々について、すべて不明であるから原判決には理由不備の違法があるというほかない。そして、③仮に、原判決が、被告人甲の三越担当者に対する指示行為をもって実行行為としたのであれば、その内容如何によっては公訴時効の問題が生ずるが、他方、個々の輸入行為をもって実行行為としたのであれば、輸入行為をみずから実行していない被告人甲は、いわゆる「共謀共同正犯」における共謀者と解さざるを得ないところ、本件において、被告人甲と被告人乙との間には、共謀共同正犯の成立要件とされている「当該実行行為に対する具体的で明確な謀議」は存在せず、また、被告人甲には「準間接正犯的実行行為やその意思」も「正犯意思」も認められないのであるから、いずれにせよ被告人甲に共謀による共同正犯の刑責を負わせることはできない筈であって、原判決は刑法六〇条の解釈・適用を誤ったものである。④更に、仮に、原判決が、個々の輸入行為をもって実行行為としたのであれば、これらの輸入行為は、商法上の諸法令や三越の内部の諸規程に従い、年間総合計画やその一環としての輸入計画の策定、海外出張議案書や買付報告書の決裁、監査等々、それぞれの段階において被告人甲以外の多数の役職員の組織的な関与の下に実行されたものであって、原判決が、これらの輸入行為を敢えて違法とし特別背任に当たるとしながら(これが事実を誤認したものであることは、次項に述べるとおりである。)、共同正犯者を被告人両名に限定し、何ら説明することなく他の役職員らを除外したのは、理由不備といわざるを得ず、また、被告人甲以外の役職員らを共同正犯者から除外するためには、当該役職員らを証人として取り調べるだけではなく、商品輸入過程に関する三越内部の諸規程、海外商品買付の計画・決算・報告等に関する書類を始めとする物的な証拠を職権によってでも取り調べて、各役職員の任務や関与の程度、範囲等を明らかにする必要があったにもかかわらず、このような証拠調べを尽くさないまま漫然と役職員らを共同正犯者から除外した原判決は、審理不尽の違法を犯すものである。

第四項 基本的な共謀の成立及びその内容について

(事実誤認等の主張、A1三・三以下、A2一以下、B1八九以下、一三五以下、六二〇以下、B2二四以下など)

前項で指摘したとおり、共謀及び実行行為に関する原判決の判示は極めて不明確で判然としないが、原判決は、準直方式などの乙絡み取引の採用自体をもって特別背任の基本的な共謀の成立としているようにも解される【二五五以下参照】。しかし、仮に、そうであるとすれば、原判決は基本的な共謀の成立について事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。すなわち、

1 そもそも、準直方式などの取引形態は、三越内部の事務組織規程に基づき被告人甲も参加した取締役会において正式に決定されたものであるから、仮に、同被告人が右方式による取引に何らかの形で関与したものと認められるとしても、そのことをもって違法不当視することはできないところである。殊に「準直輸入方式」は、原判示犯行の始期である昭和五三年八月より約二年前である同五一年八月二六日の第三六一回定時取締役会において「職制及び職務章程の改正の件」の決議により正式に決定された三越の取引形態の一つであって、原判決が認定・判示するように【二五以下、特に二九、三一】、オリエント交易という特定の企業の輸入商品にかかる取引の「呼称」でも同社やアクセサリーたけひさに不法な利益をもたらすための「仕組み」でもなく、もとより、被告人両名の愛人関係と結びついて特別に採用されたものでもないのである。原判決は、三越における「準直方式」の意味や位置づけについて、職制や職務章程の改正経過等に関する証拠物等の検討を怠った結果事実を誤認したものである。

2 そして、原判決は、被告人両名による特別背任の基本的な共謀の成立に関し、被告人甲が準直方式による商品取入を三越の役員らに指示した旨認定しているが、関係証拠を検討してみても、同被告人が原判示のような指示をした事実は認められない。原判決の右の認定の根拠は、被告人甲の社長室長宮崎喜三郎に対する「オリエント交易なんか通す必要はないんだ。たけひさを通せば同じなんだ」という発言と解されるが【一〇七以下参照】、かかる発言の事実は存しない上、仮に、右発言の事実が認められるとしても、これをもって、オリエント交易の輸入した商品をアクセサリーたけひさを経由して三越に納入するといういわゆる「準直方式」採用の指示と認めることは、到底できないのであって、右方式の採用は宮崎や仕入本部次長の増田昌弘らが中心となって決めたものに過ぎず、被告人甲はまったく関知していなかったのである(このことは、同被告人の五七・一一・二二検面調書第四項に記載された同被告人と検察官との問答形式の供述<四二・六六二三以下>に照らしても、明らかである。)。原判決は、「準直方式」の採用という最も重要な点について事実を誤認したものである。

3 更に、原判決は、乙絡みの取引ないし準直方式取引の成立に至る経緯として、①被告人甲が、昭和四七年二月ころ当時の取締役本店次長の杉田忠義に対し、オリエント交易の取引口座開設の依頼をしたこと【二二、九九】、②被告人乙が、昭和四七年二月ないし三月ころ三越の販売促進会議の終了間際に入室し、役員に対して新しく始める事業への協力を依頼する趣旨の挨拶をし、これに続いて被告人甲が、同乙の右新事業への援助を要請したこと【二三、九七】、③被告人甲が、杉田に対し、オリエント交易と三井銀行との外国為替取引契約に関する三越の保証を指示したこと【二四、一〇二】などの事実を認定・判示しているが、これらの事実はいずれも存在しない。原判決は、任意性及び信用性を欠くことの明らかな三越の役員らの関係供述を採用して措信した結果、事実を誤認したものである。

第五項 共謀の継続、発展に関する間接事実について

(事実誤認、法令の解釈・適用の誤り等の主張、A2七以下、B1一二九以下、一五四以下、六四五以下、B2三七以下、七二以下、一八三以下など)

前項のとおり、被告人両名の間に基本的な「共謀」の成立が認められない以上、その継続や拡大はあり得ないところであるが、この点は別としても、被告人甲は、原判決が、「乙絡み輸入方式の内容に関する被告人甲の認識(共謀の間接事実)」として認定判示【二〇七以下】するように、準直方式等を継続・拡大させる一般的及び個別的な指示・発言をしたことはないのであるから、原判決は、この点においても事実を誤認し、刑法六〇条、改正前の商法四八六条一項等の解釈・適用をも誤ったものである。すなわち、

1 原判決は、被告人甲の直輸入推進に関する指示は、乙絡み輸入方式の拡大の指示を意味するものであり、乙絡み輸入方式の定着と対象商品拡大の根本原因は、「被告人甲が三越幹部社員に対し、同方式を是認しその推進・拡大を図る指示・発言を繰り返していたことによる」旨判示しているが【二一六】、海外商品直輸入政策の推進は、オリエント交易など取引先の一企業の利益の確保などという瑣末な目的のためのものではなく、職制の改正等正規の手続を経て決められた三越自身の経営戦略であるから、社長である被告人甲が直輸入推進を指示したとしても、それは三越の経営戦略に副うものでこそあれこれと矛盾するものではない。原判決が共謀の間接事実として指摘する被告人甲の指示・発言の多くは、直輸入推進そのものに関するものか、被告人乙のデザイナーとしての能力やセンスに対する高い評価に基づき同被告人やその企業の関与を容認する趣旨のものに過ぎず、これらの発言等をもって、準直方式等を継続・拡大させたものとはいえないのであって、このことは、押収にかかる井上和雄のノート一冊《一七六》、斎藤親平の手帳三五冊《一七三》、「金字塔」五冊《三八八ないし三九二》その他三越の出版物などの記載内容等に照らし明らかである。もっとも、原審証人井上和雄、同斎藤親平は、自分が記載したノートや手帳の内容について、いろいろと説明しているが、自己弁解と被告人甲の発言の曲解に終始するものであって、そのままには措信できない。なお、検察官が論告要旨二六九頁(原審記録第七冊一五九三丁)以下において指摘している「甲の直輸入推進指示一覧表」は、前記斎藤手帳に記載された被告人甲の発言の重要部分を除外したもので、右手帳の記載内容を正確に纏めたものとはいえない。原判決は、信用性の乏しい井上や斎藤の供述等を措信し、また、前記斎藤手帳を丹念に検討することなく論告要旨中の不正確な「甲の直輸入推進指示一覧表」を漫然引用する【二一五】など、採証法則に違反した結果、同被告人の直輸入推進に関する指示・発言の動機・目的等を誤認したものである。

2 原判決は、被告人甲が、海外出張議案書の決裁等を通じて、個別的に輸入商品の仕入・買付状況、特に乙絡み商品買付の有無・内容を把握し、乙絡み輸入方式を拡大・推進させるべく具体的な指示をした旨判示し【二〇八、二五六、二五八】、更に、ポール・ルイ・オリエ、バレンシアガ、ドイツの毛皮や羽毛布団等の個別商品群について、準直方式等を継続・拡大させる具体的な指示・発言をした旨認定・判示しているが【二二一以下】、代表取締役として多忙な毎日を送っていた被告人甲が、大部に亘る海外出張議案書等の決裁等によって極めて大量の商品の仕入・買付を個別的に把握することは至難の業である上(海外出張議案書《二三二》参照)、海外出張議案の決裁過程、年間の販売・取入計画の決定過程、年間の事業計画、個々の海外出張計画と実際の買付報告書等を対比して検討すれば明らかなように、同被告人には、乙絡みの商品とそうでない商品とを区別することも困難であって、同被告人が事業計画を無視して買付予算の増額を指示したなどということはなく、現実にも、予算を大幅に上回った買付は存在しなかった上、個別商品群について準直方式等を容認・推進したのは、同被告人ではなく三越の仕入担当者らである。原判決は、措信することのできない三越関係者の供述等に基づき被告人甲の発言等の趣旨を曲解するなどした結果事実を誤認したものである。

3 原判決は、被告人両名の共謀による乙絡み輸入方式の推進・拡大を支えた間接事実として、三越社内における「乙人事」の存在を強調し、その具体例を挙示しているが【四〇以下、二六二以下参照】、そもそも、企業の人事は、経営者が多くの要素を多角的に検討し総合的に考慮して行う事柄であって、その是非は裁判所の判断に馴染まないところである。のみならず、原判決が「乙人事」の具体例として指摘している寺田正明、市原晃、三輪達昌、二宮孝治、宇田真、武田安民、榎本勝善、関根良夫、井上和雄、横山哲らの人事異動について、被告人甲の指示・発言と当該人事の因果関係、当該人事の内容(原判示のように「遠ざける人事」「引き立てる人事」などとみられるかどうか)を検討してみると、これらの人事が対象となった者の乙絡みの取引に対する態度や被告人乙らとの個人的な関係等に基づいてなされた不当なものとは到底認め難く、原判決は、この点においても事実を誤認するなどしたものといわなければならない。

第六項 非身分者である被告人乙の共同正犯性について

(理由不備・法令の解釈・適用の誤りの主張、B1五七二以下)

被告人乙は、三越との関係において、改正前の商法四八六条一項所定の身分はもとより刑法二四七条所定の身分もないものであるから、同被告人につき特別背任罪の共同正犯が成立する余地はなく、これを認めた原判決は、改正前の商法四八六条一項、刑法二四七条、六五条一項、二項の解釈・適用を誤ったものである。

第七項 罪数について

(法令の解釈・適用の誤りの主張、A1三・四以下、B1九〇以下)

第三項で指摘したとおり、原判決の共謀及び実行行為に関する判示は、極めて不明確で判然としないが、昭和四八年一二月ころの準直方式の成立をもって特別背任の基本的共謀の成立と認め、同五三年八月ころから同五七年七月ころまでの間における準直方式による多数回の取引等が、すべて右の共謀に基づく実行行為である旨認定判示しているようにも解される。仮に、そうであれば、被告人両名による特別背任の実行行為は、数年間に亘る多くの国からの多種多様かつ大量な商品の輸入という極めて多数回の行為であり、個々の行為ごとに共犯者の範囲も異なることになるから、これを準直方式という取引形態につき全部まとめて包括一罪として処断した原判決は、罪数について刑法四五条等の解釈・適用を誤ったものである。

第二款 当裁判所の判断

第一項 総説

そこで、原審の記録及び証拠物に当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、海外からの商品の輸入・仕入に関し、被告人両名が共謀の上で特別背任の犯行に及んだ旨認定して共同正犯の成立を認め、これを包括一罪として処断した原判決は、正当として是認することができ、所論のような違法や誤りは認められない。

第二項 訴因の特定に関する主張について

被告人両名に対する昭和五七年一二月一日付起訴状記載の公訴事実を検討すれば、被告人両名の「共謀」及び「実行行為」について、訴因不特定の違法があるとは認められない。すなわち、右起訴状には、公訴事実として「被告人両名は、共謀の上、被告人甲が右任務に背き、第一 アクセサリーたけひさの利益を図る目的をもって、……、三越が海外で買い付け、オリエント交易を介して輸入した商品につき、これをことさらにオリエント交易からアクセサリーたけひさに転売させることとした上、同会社から三越が仕入れ、これによるアクセサリーたけひさの差益金額合計……を含む仕入代金合計……を三越の当座預金口座から……アクセサリーたけひさの当座預金口座に振込入金し、もって三越に対し……相当の損害を加え」た旨が記載されているのであって、刑訴法二五六条三項にいう訴因の明示に欠けるところがあるとはいえない。

なるほど、右公訴事実には、「共謀」についての具体的な日時・場所・内容等が明示されていないのであるが、原審における検察官の冒頭陳述の内容(冒頭陳述書第二部の第二、第三の一及び七、原審記録第一冊七一丁以下、七六丁以下、八六丁以下など参照)を併せてみれば、検察官は、被告人甲及び被告人乙が、昭和四八年一二月下旬ころ、被告人乙及びオリエント交易、アクセサリーたけひさの利益を図る意図の下に、三越社長室長宮崎喜三郎、常務取締役杉田忠義らに指示するなどして、三越の海外商品取引に「準直方式」を採用させたことをもって本件の「共謀」としていることが認められるから、審判の対象及び防御の範囲は明らかであって、「共謀」の内容が不特定であるとはいえないところである(ちなみに、原審第一回公判期日においては、弁護人らから本件公訴事実に関し「共謀」の態様、日時、場所、内容についての釈明要求があったものの、「必要な限度において冒頭陳述で明らかにする」旨の検察官の意見を前提として、直ちに被告人両名及び弁護人らから被告事件に対する意見の陳述がなされ、「共謀」の事実は一切否定する旨陳述されているのであって、「共謀」の具体的な日時・場所・内容等が明示されていなかったことが被告人らの防禦に実質的な不利益を及ぼしたものとは認められない。原審記録第一冊二三丁以下参照)。

また、特別背任の「実行行為」が、三越が海外で買い付け、オリエント交易を介して輸入した個々の商品について、これを「ことさらにオリエント交易からアクセサリーたけひさに転売させることとした上、同会社から三越が仕入れて、これによるアクセサリーたけひさの差益金額を含む仕入代金をアクセサリーたけひさに支払ったこと」にあることは、前記公訴事実の記載自体から明らかであって、その内容が不特定といえないことはいうまでもない。

したがって、「共謀」及び「実行行為」についての訴因が不特定であることを前提とする審理不尽、訴訟手続の法令違反等の主張は採用の限りでない。

第三項 判示方法に関する主張について

原判決の理由中、第一章第二節(罪となるべき事実等)の一【五〇】のほか、第一章第一節(経歴及び本件(主として直輸入商品関係特別背任事件)の前提ないし背景を構成する事実)の二の(四)【二五以下】、第四章(直輸入商品関係特別背任事件にかかる事実認定の理由)第一節ないし第三節【九五ないし二八五】によれば、原判決は、①被告人両名が、昭和四八年一二月下旬ころ、オリエント交易の取引口座の廃止を余儀なくされる状況に直面した際、被告人乙らの利益を確保する意図の下に、被告人甲において社長室長宮崎喜三郎、常務取締役杉田忠義らに指示するなどして「準直方式」を成立させたことをもって特別背任の基本的「共謀」とし、②右の基本的「共謀」に基づき被告人甲から「準直方式」による取引を指示された三越の仕入担当職員らが、海外で買い付け、オリエント交易を介して輸入した商品について、ことさらにオリエント交易からアクセサリーたけひさに転売させ、同社から三越が仕入れて、これによるアクセサリーたけひさの差益金額を含む仕入代金をアクセサリーたけひさに支払ったことをもって、特別背任の「実行行為」としていることが明らかであるから、原判決の特別背任の共謀及び実行行為に関する認定・判示が所論のように明確性を欠くものとはいえず、原判決に理由不備等の違法は認められない。

これに対し、所論は、原判決の共謀及び実行行為に関する認定・判示について縷々論難する。

1 なるほど、昭和四八年一二月下旬ころの段階で特別背任の基本的な「共謀」が成立したものとすれば(この点に誤認があることは、後記第四項のとおりである。)、本件公訴事実及び原判示の背任行為は同五三年八月ころ以降の取引にかかるものであるから、この間に四年以上が経過したことになるが、原判決は、この四年以上の期間中も準直方式による違法・不正な取引が継続・拡大されていた旨判示しているのであって、この期間を所論のように潜伏期間としている訳ではない。「共謀」と「実行行為」とが時間的に離れ過ぎていて不自然である旨の所論は、採ることを得ない。

2 原判決は、被告人甲が、準直方式による個々の商品取引を直接実行したものではなく、部下である三越の仕入担当者らに対し、準直方式による取引を一般的、個別的に指示し、これを実行させた旨認定・判示しているのであり(後記第四項のとおり、右の認定・判示は概ね是認できるところである。)、被告人甲は、三越の他の役員や部下の仕入担当者らを介し、右担当者らをいわば道具として利用して特別背任の犯行を実行したものであるから、所論にいう「準間接正犯的実行行為やその意思」及び「正犯意思」が認められ、「共謀共同正犯者」として共謀による共同正犯の刑責を負うのは当然である。原判決に所論のような刑法六〇条の解釈・適用の誤りは存しない。

3 三越の役員の中には、宮崎や杉田らのように「準直方式」の成立・推進に一般的に関与したと認められる者及び個々の商品の「準直方式」による仕入や代金支払に関与したと認められる者が少なからず存在することは、所論指摘のとおりであって、これらの役員は本件特別背任の共同正犯者といわざるを得ないところである(これに比し、商品仕入や代金支払の直接の担当者は、三越の従業員として被告人甲の直接間接の指示に従うほかない状況に置かれていた者であるから、せいぜい「故意ある道具」に過ぎず、共同正犯者とは認められない。)。しかし、被告人甲と異なり、宮崎、杉田らの三越の役員は、元来、被告人乙らの利益を図って特別背任の犯行に及ぶ何らの理由も必要もなく、宮崎、杉田らが、準直方式の成立、推進等に関与して背任行為に及んだのは、被告人甲の威勢を恐れ、同被告人の意向に逆らうことが困難な状況にあったためであると認められる。すなわち、同じ共同正犯者といっても、これらの三越の役員と被告人両名とは特別背任の犯行に対する関与の経緯・程度・態様等に質的な差異が存在するのであって、このことは、原審の関係証拠上明白であるから、所論のように更に物的な証拠等を取り調べる必要があったとは認められない。したがって、被告人両名の共同正犯者から宮崎、杉田らの三越の役員を除外した検察官の公訴提起に対し、原裁判所が、これらの三越の役員を共犯者とするべく敢えて訴因変更を促すなどの措置に出なかったことや判決理由中で共同正犯者の範囲につき特に言及しなかったことは、是認できるところであって、共同正犯者の範囲等に関する原審の審理及び判断に所論の審理不尽、理由不備等の違法は認められない。この点を争う所論は採ることを得ない。

第四項 基本的な共謀に関する主張について

一 三越における「準直方式」

原審証人犬塚寿一〔五〇・一四七二以下〕、当審証人杉田忠義、同吹田富雄及び同幸前誠の各供述、当審で取り調べた三越の職務章程(昭和五一年八月二六日付及び同五七年六月付のもの)等によれば、①中国大陸との貿易については、当初三越が友好商社ではなく、信用状を開設することができなかったため、三越の仕入担当者が現地に赴いて直接選品し買付を行っても、その商品の輸入手続は友好商社である株式会社産業貿易センターに手数料を支払って同社に行わせ、三越は同社を通じ円買いの形式で商品を輸入していたものであり、昭和四八年ころまでには三越自体が友好商社になったものの実績や経験が乏しかったため、相変わらず実績のある右産業貿易センターを介した輸入が続いていたものであって、「準直輸入」という用語は、元来、このような友好商社の取り扱う中国貿易にかかる輸入について使用されていたものであること、②一方、三越においては、仕入担当者が海外で買い付けた商品につき、オリエント交易が輸入しアクセサリーたけひさを経由して三越に納入するという乙絡み商品に特有の輸入方式が採用され拡大されるうち、昭和五三年ころから、主として仕入担当者の間で、このような輸入方式の俗称として「準直輸入」(その略称としての「準直」)なる用語が使用されるようになったこと、③昭和五一年八月二六日開催の第三六一回取締役会において、三越の職制及び職務章程が改正され、仕入本部に新設された輸入部の担当業務として、「三越全体の輸出入計画及び輸入品の販売計画の立案、予算の作成」や「直輸入品及び準直輸入品の仕入業務」等が定められたが(当審証人増田昌弘の速記録末尾添付の資料6「株式会社三越第参百六拾壱回定時取締役会議事録」参照)、右の改正は、①のような友好商社(及び当時ヨーロッパなどからの商品輸入について、現地のサプライヤーらとの特殊な関係から対中貿易における友好商社に類似の立場にあり、三越にとって類似の役割を果たしていた吹田国際開発株式会社等)を通じて行われていた輸入方式を確認する趣旨のものであって、わざわざ乙絡みの商品の輸入方式を取り上げて、その正式採用を決定したり認知したものではなかったこと、以上①ないし③の事実が認められる。原判決が「準直方式」について認定・判示するところは、まさしく右②の俗称としての「準直方式」に関するものであると認められ、原判決が、職務章程に明記されていた「準直輸入」と俗称として使用されていた「準直方式」との関係につき言及することなく、後者についてのみ認定・判示したことは、必ずしも適切とはいい難いが、右俗称としての「準直方式」に関する限り事実を誤認したものとは認められないから、この点に関する所論は、結局、採用するに由ないところである。なお、所論の中には、準直方式の採用をもって特別背任の共謀と認定する以上、三越における職務章程や職制の改正過程に関し証拠を取り調べて検討する必要があり、これを怠った原審には審理不尽の違法がある旨の主張が存するが、原審においては俗称としての「準直方式」を問題としているに過ぎないのであるから、所論のような証拠調べが更に必要であったとは考えられず(ちなみに、原審においても、三越関係者を証人として取り調べたほか、検察事務官作成の五八・二・二一捜査報告書<一四・一五九>、同五七・一〇・一一捜査報告書<一五・二〇九>などによって、三越の機構、職制、職務章程の主要改正点などに関する証拠調べがなされている。)、審理不尽の主張は採用の限りでない。

二 被告人甲の準直方式の採用への関与と共謀の成立

原判決挙示の関係証拠によれば、昭和四八年一二月中旬及び下旬の段階、すなわち、オリエント交易に対する便宜及び利益の供与がマスコミを始めとする三越内外からの激しい批判に晒されるなかで、三越の役員若しくは幹部職員である杉田忠義、宮崎喜三郎、増田昌弘らが、いろいろと対策を講じ、その結果に基づき、オリエント交易の取引口座の廃止等を被告人甲に進言・懇願し、あるいは、被告人乙に注意・要望した状況などについては、概ね原判決の認定・判示するとおりであると認められ【一〇八以下参照】、同月下旬ころ被告人甲が宮崎からオリエント交易口座の廃止等に関して三度目の懇願をされた際、「オリエント交易なんか通す必要はないんだ。たけひさを通せば同じなんだ」という趣旨の発言をした事実も否定できないところである。

しかしながら、被告人甲の右のような発言をもって、直ちに、同被告人が、これまでオリエント交易の口座を通して三越が輸入していた商品につき、オリエント交易が輸入した上、アクセサリーたけひさの口座を使用し同社を経由して三越に納入するという「準直方式」の採用を指示したものとは認め難い。すなわち、この点に関する被告人両名の捜査段階における供述は次のとおりである。

まず、被告人甲は、検察官に対し、①昭和四八年一二月下旬ころに宮崎から進言された内容は、問題とされているオリエント交易を切り、アクセサリーたけひさを残して、アクセサリーたけひさにオリエント交易の仕事をさせること、すなわち、オリエント交易に代ってアクセサリーたけひさが貿易業務を行うことであると理解したので、これに賛成したものであり、その結果、アクセサリーたけひさが定款を変え、同社の名前で貿易業務を行って三越に輸入商品を卸売りしているものと思っていた、②ところが、その後も、まだオリエント交易が三越と取引をしているという暴露記事等が出ているようだったので、不思議に思い、被告人乙が芝白金の家に移って間もないころ、同被告人に対し、まだオリエント交易の名前でやっているのか、と尋ねたところ、宮崎と相談してオリエント交易が輸入してアクセサリーたけひさを通して納めている旨の説明をされたので、初めて、オリエント交易とアクセサリーたけひさの二社が三越からマージンを取っていることを知ったが、自分が宮崎から聞いていた話と違うなと思った、③被告人乙の商品選品のセンスなどについて五%前後のコンサルタント料あるいはコミッション料を支払うのは格別、貿易実績のない同被告人の会社にこれより高いマージンを払うことにも問題があり、オリエント交易とアクセサリーたけひさの二社にマージンを払うのはまずいと感じたが、すでに被告人乙と宮崎や三越の仕入担当者の間で話を付けて実行していることなので、ことを荒立てることなく、そのまま放置することに決め、被告人乙に対しては、その場で、そんな二つも通すやり方はやめろと言うべきところであったが、毅然とした態度が取れず、なるべくコミッションで仕事をする様にしろ、派手なことはするなよ、としか言わなかった旨供述している(五七・一一・二二検面調書<四二・六六一九以下>参照。なお、右③の部分について、同調書の末尾では、被告人乙のセンスに対し五ないし一〇%のコンサルタント料あるいはコミッション料を契約によって支払えば良いと思っていた旨訂正している<四二・六六三一>。)。

また、被告人乙も、検察官に対し、これに符合するように、①被告人甲から、三井の口座を解約し、オリエント交易と三越との取引口座も閉めろ、オリエント交易も一時やめておけ、と言われ、すでにヨーロッパでの商品開発も進んでいたので、急にやめろと言われても困ると思い、宮崎や増田に相談したところ、宮崎から、オリエント交易を表に出さないでオリエント交易の輸入した商品をアクセサリーたけひさから三越に納入するという案が出されて、結局、そのようになった、②右の方式について、宮崎が被告人甲に報告したかどうかは不明であるが、自分の方から被告人甲に話をしたことはなかった、③昭和五一年か五二年で自分が白金台の家に移って間もないころ、被告人甲から、どうやっているんだ、と尋ねられたので、宮崎と相談してオリエント交易で輸入しアクセサリーたけひさを通して三越に納めている旨話したところ、なるべく目立たないようにしろよ、できるだけコミッションで仕事をするようにしろ、と言われたが、すぐにやめろとは言われなかったのでこれまでのやり方をそのまま続けた旨供述しているのである(五七・一〇・三一検面調書<四二・六七六〇以下>参照)。

これら被告人両名の検察官に対する各供述には、弁解のための弁解として排斥できない真実性が窺われる上、原判決援用の原審証人宮崎喜三郎の関係供述(〔五三・二一一六以下、五六・二七七二以下等参照〕を子細に検討しても、被告人甲の前記のような発言を聞いた宮崎喜三郎が、同被告人から準直方式の採用を指示されたものと理解したという理由は極めて曖昧であって到底納得できず、被告人甲においては、オリエント交易の口座を廃止し、アクセサリーたけひさに輸入業務を行わせる趣旨で宮崎の進言を了承し、その検討方を指示したに過ぎないのに、宮崎において、被告人甲の意向を誤解し、又は、同被告人や被告人乙に迎合する気持から独断で、被告人乙らに「準直方式」を提案し、同被告人の賛成を得てこれを実行するに至ったのではないか、と疑う余地がある。そして、その余の三越関係者、特に、原審証人杉田忠義、同岡部明の各供述や当審証人杉田忠義、同増田昌弘の各供述は、この疑いを払拭させるものではない(なお、被告人乙は、原審公判段階では、準直方式を提案したのは宮崎ではなく増田であった旨供述していて〔一一一・一六六五二以下、特に一六六五五〕、重要な点に変遷が見られることは原判決の指摘【一一三】するとおりであるが、このことは、原審公判廷における被告人乙の供述の信用性を否定する理由とはなし得ても、被告人両名の検察官に対する「準直方式」に関する各供述等を虚偽として排斥する理由とはなし難いところである。)から、結局、昭和四八年一二月下旬ころの時点において、被告人両名の間に「準直方式」に関する基本的共謀が成立したものとは認め難いところである。

してみると、原判決は、「準直方式」の採用の経緯、ひいては、被告人両名の特別背任の基本的な共謀の時期、態様等について事実を誤認したものといわざるを得ないが、被告人両名の前記各検面調書にも現れているように、被告人甲は、遅くとも昭和五一年か五二年ころの時点において、被告人乙の口から、すでに昭和四九年ころから「準直方式」による取引が事実上行われていることを知らされて、その事実を明確に認識したものであり、それにもかかわらず、これを取り止めるための措置を取ることなく、同被告人に対し、なるべくコミッションで仕事をするようにしろ、などと言っただけで、これまでの「準直方式」を追認して右時点以降の「準直方式」による取引の継続を是認したものと認められるから、これによって、被告人乙と特別背任の共謀を遂げたものというべきであって、原判決の右の誤認は判決に及ぼすことが明らかなものとはいえず、被告人甲が昭和五三年八月ころを始期とする原判示「準直方式」の取引に関して刑責を負うべきことは当然である。

三 乙絡み輸入方式の成立、拡大の経緯

原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判決が、その理由中、第一章第一節の(四)及び第四章第一節において、いわゆる乙絡み輸入方式の成立過程等として、①被告人甲は、昭和四七年二月ころ当時の取締役本店次長の杉田忠義に対し、オリエント交易の取引口座開設を依頼したこと【二二、九九】、②被告人乙が、昭和四七年二月ないし三月ころ三越の販売促進に関する会議の終了間際に入室して新しく始める事業への協力を依頼する趣旨の挨拶をし、被告人甲が同乙の右新事業への援助を要請したこと【二三、九七】、③被告人甲が、杉田に対し、オリエント交易と三井銀行との外国為替取引契約の保証を指示したこと【二四、一〇二】などの事実を認定・判示したことは、正当であって、所論にかんがみ原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討しても、原判決のこれらの認定に誤認があるとは認められない。

所論は、これらの事実に関する原審証人杉田忠義、同岡部明、同井上和雄、同宮崎喜三郎らの各供述の任意性及び信用性を争い(A1三・四五以下、B1三二以下)、その理由として、(a)右杉田らの三越関係者は、原審証言当時、いずれも三越又はその関連会社に役員や従業員として勤務していたものであって、三越の意向に反した供述をなし難い状況に置かれていたこと、(b)三越関係者の証言の際には予め同社の法務担当者を中心とする打合せがなされていた上、法廷には右法務担当者が傍聴席にいて証言を監視するなどしていたこと、(c)証拠物として取り調べられた河村貢著「解任―三越顧問弁護士の証言」一冊《二五七》に記載されているように、本件は、反甲派の河村弁護士らが中心となって一〇年がかりで計画された謀略に端を発するものであることなどを指摘する。なるほど、杉田らが、原審証言当時三越又はその関連会社の役員等として勤務していた者であることは、所論指摘(a)のとおりであり、(b)のような状況も窺われない訳ではないから、杉田ら三越関係者の供述内容の信用性については、特に慎重な吟味、判断が必要と考えられるが(所論指摘のような事情があるからといって、原審証人杉田忠義らの公判廷における供述につき、その任意性に疑いがあるといえないことはもとよりであって、原判決に訴訟手続の法令違反は認められない。)、三越関係者であるとの一事によって一律かつ全面的にこれらの者の供述の信用性を否定すべきものではなく、各供述内容につき個別的具体的に信用性を検討すれば足りるものと認められるところ、原審証人杉田忠義らの関係供述中、前記①や③にかんする部分については、その内容に特に不自然、不合理な点はなく(そもそも、①の口座開設や③の銀行取引契約の保証の如きは、三越の代表取締役である被告人甲からの依頼や指示がまったく存在しないのに、杉田らにおいて、独断専行する筈がなく、その必要もない事柄である。)、その余の関係証拠と比照しても重要な部分にくいちがいなどは見当たらないから、原審証人杉田忠義らの関係供述に信用性を認めて①及び③の事実を認定した原判決に誤りはない。また、②の事実については、販売促進に関する会議という三越社内の公的な場で、被告人乙が挨拶し被告人甲が口添えするような発言をするという極めて特異な事柄であり、しかも、原判示のように【九七以下】、三越の関係者がほぼ一致して供述しているところであって、三越関係者のこれらの供述が被告人両名を陥れるべく相談の上で事実を捏造したものとは到底考えられず、②の事実を認定した原判決に誤りはない。

その他、乙絡み輸入方式の成立及び拡大の経緯等に関して原判決の事実認定等を争う縷々の所論にかんがみ、関係証拠を再検討しても、原判決には判決に影響を及ぼすような事実の誤認等を発見することはできず、所論は採ることを得ない。

第五項 共謀の継続、発展に関する主張について

一 被告人甲の直輸入推進に関する指示

なるほど、原判決指摘の被告人甲の直輸入推進に関する指示の大部分は、これをその文言どおりに理解する限り、かねてからの同被告人の持論であり、当時三越の経営戦略ともなっていた海外商品直輸入政策の推進を提唱し、その具体的展開を指示したものに過ぎず、直ちに乙絡み輸入方式、殊に準直方式の推進・拡大の指示を意味するものでないことは、所論指摘のとおりである(そもそも、被告人乙とのスキャンダルに対する批判を恐れていた被告人甲が、「金字塔」その他の広報誌や多数の社員の面前での挨拶等において、乙絡み輸入方式の推進を明示するような指示をする筈はない。)。しかしながら、被告人甲は、アクセサリーたけひさの商品取扱量や納入高をトータルな形で把握し、これが他の出入り業者と比較しても異常な程に増加していて、その原因が乙絡み輸入方式の継続・拡大にあることを十分に認識していたことが認められ、また、三越の内部において、自己の直輸入推進の指示が準直方式を含む乙絡み輸入方式の推進の指示をも意味するものと理解されることを知悉していたと認められる上、所論も認めるように、被告人甲の発言の中には、被告人乙の能力等を評価し、同被告人らが三越の取引に関与することを容認する趣旨の発言も多々存在したのであるから、三越の内部においては、被告人甲の直輸入推進に関する指示は乙絡み輸入方式の維持・拡大を意味するものであったといわざるを得ないのであって、その旨判示した原判決に誤りはない。

なお、所論は、検察官の論告要旨中の「甲の直輸入推進指示一覧表」は、斎藤手帳中の被告人甲の発言の重要部分を除外していて、右手帳の記載内容を正確に纏めたものではなく、同被告人の発言の趣旨を誤解させる恐れのあるものであるのに、これを漫然と引用した原判決には採証法則違反に基づく事実誤認がある、というのであるが、原審検察官は、論告に際し、斎藤手帳に記載された被告人甲の発言のうち、その主張に副う部分を必要な限度で抜粋して右「一覧表」を作成したものであり、原判決は、その補足説明において、斎藤手帳の記載内容の主要なものの記載に代えて右「一覧表」を引用したものに過ぎず、かかる引用が許されないものとはいえない上、右「一覧表」が被告人甲の発言の趣旨を誤解させる恐れのある不正確なものとは認められないから、採証法則違反に基づく事実誤認の主張は採用できない。

二 被告人甲の個別的・具体的な発言等

なるほど、被告人甲は、三越の代表取締役として大局的な見地から業務全般を統括すべき立場にあり、多忙な同被告人が輸入商品の仕入・買付業務、特に、準直方式による仕入・買付の具体的内容のすべてを正確に把握していなかったことは否定できないところであるが、関係証拠によれば、同被告人は、海外出張議案書の決裁に際し、いわゆる盲判を押したり盲サインをしていたものではなく、むしろ右決裁等を通じて、個別的に輸入商品の仕入・買付状況、特に乙絡み商品の買付の有無・内容を把握し、担当者に対してかなり具体的な指示をすることが十分可能な状況にあり、現実にも、ポール・ルイ・オリエ、バレンシアガなどの乙絡み商品の個別商品群について積極的にかかる指示をして乙絡み輸入方式を拡大・推進させた事実が認められるから、これらの点に関する原判決の認定は正当として是認することができる。

更に、所論は、被告人甲の個別商品群の仕入等についての指示・発言等に関し、原判決の認定・判断に誤りがあるとして、種々主張するが、関係証拠を再検討しても、原判決に所論のような誤りは見当たらないから、所論は採ることを得ない。

三 いわゆる「乙人事」

そこで、原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、原判決は、被告人甲の腹心として昭和四九年以降七年間に亘り人事管理に携わってきた宮崎喜三郎の体験に基づく証言を措信して、いわゆる「乙人事」の存在を認定・判示したものであるが、この点に関する原審証人宮崎喜三郎の供述内容は、同人が「乙人事」と判断した根拠としている被告人甲や同乙の言動が極めて具体的で真実性に富むものである上、例示された抜擢、左遷等の人事は、しばしば総務本部の人事担当者からの発議・提案を俟つことなく被告人甲からの直接的な指示によって実施され、人事異動に関する従来からの慣行に反するものであった旨の説得力ある説明が付加されているのであって〔五四・二二〇七以下、五六・二九一八以下等参照〕、宮崎の右供述は概ね措信できるものと認められる。所論は、原判示の各人事につき、いずれも「乙人事」ではないとして、いろいろと主張するが、関係証拠に照らして必ずしも納得できるものではない上、仮に、原判示の「乙人事」の中には、いわゆる能力主義を徹底したに過ぎないものや十分に理由のある抜擢、左遷のケースが存在したとしても、三越内部において、一般的に「乙人事」が存在すると考えられていたことは、関係証拠に照らし明らかなところであり、これが三越職員らの被告人乙に対する迎合的な態度を招来し助長させたことは否定できないのであるから、原判決が、被告人両名の犯行を維持・拡大させた間接事実の一つとして、乙人事の存在を指摘したことに誤りがあるとはいえない。この点を争う所論は採ることを得ない。

第六項 被告人乙の共同正犯性に関する主張について

被告人乙が三越との関係において改正前の商法四八六条一項所定の身分及び刑法二四七条所定の身分を有しないことは所論指摘のとおりであるが、三越の代表取締役である被告人甲が商法及び刑法の右条項所定の身分を有することは明らかであって、身分を有しない被告人乙が身分を有する被告人甲と前示のような「共謀」を遂げ、自己及びオリエント交易、アクセサリーたけひさの利益を図って被告人甲の任務違背行為に積極的に加功したものと認められる本件の事実関係のもとにおいて、被告人乙は被告人甲の共同正犯としての刑責を免れないものである。被告人乙につき改正前の商法四八六条一項所定の特別背任罪の成立を認めた上、刑法六五条二項により同法二四七条の背任罪の刑をもって処断することとした原判決の法令の解釈・適用は正当であって、これを争う所論には理由がない。

第七項 罪数に関する主張について

被告人両名の共謀による直輸入商品関係特別背任行為が、約四年間に亘る極めて多数回の取引に関わるものであり、これに関与した者(不起訴にかかる共同正犯者や幇助者等。第三項の2、3参照)も同一といえないことは、所論指摘のとおりであるが、これらの行為は、すべて被告人両名の間で成立した基本的「共謀」、すなわち、アクセサリーたけひさの利益を図る目的で、三越が海外で買い付けた商品の一部について、いわゆる「準直方式」による取引としてアクセサリーたけひさに不当な売買差益を取得させる旨の共謀に基づくものであり、共謀内容それ自体の中に、多数回に亘る取引の反復、累行が予定され、かつ、対象となるべき商品、取引、期限ないし終期に限定がなく、いわば可能な限り継続するものとされていたのであり、実際にも、右共謀のとおり、長期間、多数回に亘り繰り返されてきたものであるから、基本的共謀の同一性、犯意の継続性、行為の類似性ないし同種性、保護法益の同一性などの諸点に照らし、個々の支払行為による加害を包括して一個の特別背任罪に問疑するのが相当であり、これと同旨に出た原判決の法令解釈に所論の誤りはない。

第四節  故意・目的等の主観的要素に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 被告人甲関係

一 総説

仮に、被告人甲が、その任務に違背した行為をしたと認められた場合においても、同被告人には、特別背任罪の主観的要素である故意及び目的、すなわち、自己の行為が三越の代表取締役としての任務に違背し、三越に損害を生じさせるものであることについての認識・認容及びアクセサリーたけひさの利益を図るという目的がなかったものである。被告人甲に特別背任の故意及び目的を認定した原判決は、任意性も信用性もない同被告人の検面調書を採用・措信した結果、事実を誤認するなどしたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二 任務違背及び損害発生の認識・認容

(事実誤認の主張、A1四・一五以下、四・三〇以下、A4二九以下、B1一五四以下など)

被告人乙らの活動の三越に対する客観的な有用性が否定され、アクセサリーたけひさに対し売買差益を供与する必要がなかったと判断されて、被告人甲が代表取締役として商品の仕入に際し「無用の支出を避ける任務」に違背したものと認められるとしても、①被告人甲は、被告人乙のデザイナーとしてのセンスや能力を高く評価するとともに三越の海外商品の開発の遅れを痛感していたため、海外商品の取入・買付に際してオリエント交易とアクセサリーたけひさを介在させる「準直方式」の採用・継続が、三越にとって必要かつ有用であると考えていたものである上、右「準直方式」の採用・継続については社内の正規の手続を経ていたことなどの理由から、アクセサリーたけひさに対する売買差益の供与等は、代表取締役の業務執行として当然許されるもので、何らその任務に違背するものではないと確信していたのであり、②しかも、被告人甲としては、仕入に際しての自己の任務は、原判示のように「無用な支出を避けること」ではなく、所定の「店出率を確保すること」にあると考え、かつ、乙絡み商品についても他の商品と同様の店出率が確保されていると思っていたのであるから(被告人甲は、買付報告書等の記載によってそのように信じていたのであって、この点については、原判決も、乙絡み商品の店出率が概ね四〇ないし五〇%となっていて、純粋の直輸入商品のそれとさして変わらないものであった旨判示している位である【二九〇参照】。)、被告人甲に任務違背や損害発生の認識・認容がなかったことは明らかである。原判決は、被告人甲の特別背任の故意に関し事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

三 アクセサリーたけひさの利益を図る目的

(事実誤認等の主張、A1四・六八以下、六・一一以下、B1一五四以下、B3一以下など)

原判決は、被告人甲の三越に対する加害目的を否定したもののアクセサリーたけひさへの図利目的の存在を肯定している。しかし、①原判決は、特別背任罪における故意・すなわち、任務に違背して会社に対し損害を発生させることの認識・認容と第三者であるアクセサリーたけひさの利益を図る目的とを区別することなく、前者が存在したことをもって後者も存在したかの如く判断しているものであるから、まず、この点において法令の解釈・適用の誤りを犯して事実を誤認したものである。②また、原判決は、被告人甲の図利目的を認定する有力な証拠として同被告人の五七・一一・二〇及び五七・一二・一の各検面調書の記載を引用しているが【二八六参照】、これらの検面調書には任意性・信用性がなく、採用・措信されるべきではない上、これらの検面調書によっても図利目的の存在を認定することはできないところであって、原判決は、この点においても証拠の評価を誤って事実を誤認したものである。③更に、原判決は、「準直方式」がアクセサリーたけひさに不当な利益を取得させる構造のものであり、直輸入商品の仕入に関し準直方式を採用すること自体から被告人甲にアクセサリーたけひさの利益を図る目的が存在したことは明白である旨判示している【二八五参照】。しかし、そもそも「準直方式」は、被告人甲自身が単独又は同乙と相談の上で採用したものではなく、被告人乙と三越の海外商品取入担当者らが協力し合ううちに自然発生的に成立し発展したものであって、被告人甲は、これを結果的に追認したものに過ぎない上、いかなる商品をどのような方式で買い付けるか、アクセサリーたけひさの売買差益の率をどうするか等々の具体的な事柄は、被告人甲の関与しないところで決められていたのであるから(このことは原判決も認めているところである【二八三参照】。)、これらの事実に徴しても被告人甲に図利目的がなかったことは明らかである。また、仮に、被告人甲が「準直方式」等の採用・継続を了承したものと認められるとしても、同被告人には、三越の利益を図る目的とアクセサリーたけひさの利益を図る目的が併存していたのであって、その主たる目的が三越の利益を図ることにあったことは、むしろ被告人甲の前記検面調書の記載から明白である。

以上のとおり、原判決は、被告人甲の図利目的につき事実を誤認するなどしたものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二項 被告人乙関係

一 総説

被告人乙につき特別背任罪の共同正犯が成立するためには、①身分者である被告人甲が、アクセサリーたけひさの利益を図る目的をもって、任務に違背する行為をして三越に損害を与えたこと、②被告人甲の右行為が、同乙との共謀に基づくものであること、③被告人甲が、任務違背及び損害について認識していたことの三点が認められるだけでなく、被告人乙において、④被告人甲の行為、具体的には同被告人の指示に基づく準直方式による取引が、同被告人の任務に違背するものであり、三越に損害を発生させるものであることを認識・認容していたこと、⑤自己の経営するアクセサリーたけひさの利益を図る目的で右取引に関与したことの二点が認められる必要があるところ、被告人乙には、いずれの事実も認められないから、同被告人を特別背任の共同正犯と認めた原判決は、事実を誤認し、ひいては改正前の商法四八六条一項、刑法六〇条の解釈・適用をも誤ったものである。

二 任務違背及び損害発生の認識・認容

(事実誤認等の主張、B1五七五以下、六一〇以下)

被告人乙は、①自己のデザイナーとしての能力や海外における商品開発等の活動が三越にとって有用であると信じ、三越からも有用と評価されているものと思っていた上(もともと、アクセサリーデザイナーとして多くの業績を挙げて高い評価を得ていた被告人乙が、三越との継続的かつ専属的な取引を始めるようになったのは、昭和四五年ころのことで、当時の三越社長松田伊三雄からの勧めによるものである。)、②準直方式による商品の店出率については、三越側が一方的に決め、同被告人らはこれに従っていただけであったことから、準直方式による商品についても直輸入商品と同程度の店出率が確保されているものと考えていたのであり、③しかも、アクセサリーたけひさから三越への納入価格を決めるに際しては、三越の担当者らと協議して、自社の希望価格を適宜減額したり、売行きの悪そうな商品や在庫の多い商品の買付量を減らすなどして、三越の適正な利益の確保に配慮していたものであり、④三越に商品を納入してコミッション等を取得している他の業者について、コミッション等の取得が違法不当と指摘された事実もなかったことから、「準直方式」による商取引の正当性を確信していたものであって、「準直方式」による取引の採用・継続が被告人甲の任務に違背するものであるとか、三越に損害を発生させるものであるなどとはまったく認識していなかったのである。原判決は、被告人乙が、被告人甲の任務違背及び三越の損害発生を認識・認容していた旨認定した点において、事実を誤認したものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

三 アクセサリーたけひさの利益を図る目的

(事実誤認の主張、B1六一五以下)

被告人乙が、三越との取引に際して自己の経営するアクセサリーたけひさの利益を追求しその拡大を願うのは、ある意味で極めて自然のことである上、同被告人は、右二③のとおり、アクセサリーたけひさの利益と同時に三越の利益をも念頭において、いわば両者の共同利益のために行動していたのであるから(このことは、前掲熊田日誌《六一三》のほか、当審における事実取調べの結果、殊に、証人ジル・フォンテーヌ、同フランシス・バターズの各証言に照らして明らかである。)、同被告人に特別背任罪における図利目的があったとは到底いい得ないところである。原判決は、被告人乙の図利目的を認定した点においても、事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二款 当裁判所の判断

第一項 被告人甲関係

一 総説

そこで、原審の記録及び証拠物を調査して検討するに、被告人甲に特別背任の故意及び図利目的を認定した原判決に所論のような事実誤認等はなく、当審における事実取調べの結果を加えても、この結論に変わりはない。

二 任務違背及び損害発生の故意に関する主張について

すでに説示したとおり、「準直方式」は、アクセサリーたけひさに対し、被告人乙らの有用性に対する対価をはるかに超える不当な利益を取得させ、それだけ三越に損害を発生させるものであるところ(第二節第二款第三項の一参照)、被告人甲は、遅くとも昭和五二年ころ以降、三越とオリエント交易及びアクセサリーたけひさとの間にかかる方式による取引が実行されていること、これが三越の立場から判断する限り到底許されないものであることを認識しながら、これを追認し(第三節第二款第四項の二参照)、その後も直輸入政策の推進が「準直方式」による取引の推進に直結することを知りながら、これを推進させたものと認められるから(同第五項の一、二参照)、同被告人に任務違背及び損害発生の認識・認容があったことは否定できないものというべきである。

1 これに対し所論は、まず、被告人甲は、被告人乙らの関与が三越にとって必要かつ有用であると判断したからこそ「準直方式」等の乙絡み取引を続けたものであり、しかも、準直方式の採用・継続については三越社内の正規の手続を経ていたことから、その推進が許されるものと信じていた、と主張する。

しかし、被告人甲は、三越社内でオリエント交易及びアクセサリーたけひさを介した取引が「準直方式」と俗称されていることを知っていたか否かにかかわりなく、そのような実体を有する取引が現に行われており、かかる取引が被告人乙らに対しその有用性の対価をはるかに超える利益を供与するものであることを知悉しており、かつ、かかる取引の実体が三越の取締役会で正式に承認された職務章程上の「準直輸入」に当たらないことを最もよく知っていたものと認められる(所論によれば、そもそも被告人甲は、これらの取引が俗に「準直方式」と呼ばれていたことは起訴されるまで知らなかったというのであるから(A1・序七)、これらを職務章程で認められている「準直輸入」と混同する筈がない。)。それ故、所論は採るを得ない。

2 所論は、被告人甲の業務執行を監督すべき職責を有する他の取締役や監査役らは、「準直方式」等による海外商品の買付を含めた同被告人の業務の執行について、注意、勧告、異議申立などによる阻止などの行動に出ることなく、長年に亘り同被告人に従ってきたのであって、これは、他の取締役らが、原判示のように同被告人の威勢を恐れて迎合したためではなく、「準直方式」等を含む直輸入政策が三越の経営方針に副う妥当なものであると認識していたためにほかならず、このような他の取締役らの行動自体が、同被告人をして、一層、自己の業務執行の正当性を信じさせることとなったのであり、昭和五七年九月二二日の取締役会における被告人甲の「なぜだ」という発言は、当時の同被告人の心理状態をありのままに表わしたものであって、この点から考えても、同被告人に任務違背等の認識がなかったことは明白である、と主張する。

しかし、三越における代表取締役社長の地位が専務、常務などの取締役その他の役員らに比して絶対的に強力な権限を有し、圧倒的に優越的なものであったことは原判決が指摘するとおりであり【七以下参照】、これに被告人甲の性格的なものが加わったことから、三越において、被告人甲を除く役員らは同被告人の意向に従うほかない状況に置かれていたことが明らかであって、同被告人は、他の役員らの置かれていた右の状況を知悉して、むしろこれを利用しながら、自己の政策を推進したものと認められる。これらの役員らが「準直方式」の採用・継続について、被告人甲の強い意向に背いてまで異議を述べなかったことはやむを得ないところであり、被告人甲が、かかる他の役員らの態度によって「準直方式」等を含む直輸入推進の政策の正当性を信じたものとは到底考えられない。被告人甲の「なぜだ」という発言は、前掲「解任」《二五七》に記載されたところから判断する限り、被告人甲が昭和五七年九月二二日の取締役会に備え反甲派の動きに対抗して事前に周到な多数派工作を準備したにもかかわらず、これが完全に失敗し右取締役会において最も信頼していた杉田専務らを含む全員が甲社長解任の決議に賛成したことから発せられたものに過ぎず、これをもって被告人甲の任務違背等の認識・認容がなかったことの証左とする所論には賛成できない。

3 所論は、被告人甲においては、代表取締役としての自己の任務は「無用な支出」を避けることではなく、「店出率を確保」することであると考えていた上、本件準直方式等の乙絡みの取引においても、三越所定の店出率が確保されているものと信じていた、と主張する。

しかし、被告人甲の任務が「無用な支出」を避けることにあったことは、前説示のとおり(第一節第二款第二項参照)であり、そのことは被告人甲もよく認識していたところと認められる(後記三において検討する被告人甲の各検面調書参照)から、仮に、被告人甲が乙絡み商品につき所定の店出率が確保されていると信じていたとしても、そのことをもって、被告人甲に任務違背等の認識・認容がなかったとはいい得ないところである。

4 所論は、被告人甲は、昭和四三年以降文化的催物を企画・実行して成功し、代表取締役就任前から直輸入政策の推進によって多大の業績を挙げてきたものであり、代表取締役就任後も、直輸入政策の推進が自己の任務の本旨にかなったものと信じて、機会ある毎に右政策の推進を指示したのであって、仮に、同被告人において、被告人乙らのために好意ある取り計らいをしたとしても、被告人甲としては、それが同時に三越の利益にもつながることであると考え、業務執行上自己の裁量に委ねられた範囲内のことと信じていたのである、と主張する。

しかし、所論も自認しているように、被告人甲は、昭和四六年以降マスコミ報道等によって、自己の女性問題が世間から批判されていることを十分に認識していたものであるのに、遅くとも同五二年ころ以降、かかる批判のある被告人乙らに対して明らかに不当な利益を与えることとなる「準直方式」による取引の継続を追認し、その拡大に関与しているのであるから、被告人甲が任務違背及び損害発生につき認識・認容していたことは否定できないものというべきである。

三 図利目的に関する主張について

すでにみたように、被告人甲は、「準直方式」が、被告人乙の経営するアクセサリーたけひさに対し不当な利益を与えるものであるにもかかわらず、遅くとも昭和五二年ころ以降、右方式による取引の継続を是認するとともに、自らもその拡大を推進したものと認められるから、被告人甲に図利目的があったことは否定できない。そして、被告人甲は、この点に関する検察官の取調べに対し、「準直方式」等の取引が三越の売買益の減少という同社の負担の下で被告人乙やアクセサリーたけひさに不当な金銭的利益を与えるものであることを知悉しながら、同被告人に対する私的感情に負け、敢えて右取引を継続・拡大させた旨自供しているのであって(被告人甲の五七・一一・二〇及び五七・一二・一各検面調書<四二・六六一一以下、四二・六七一二以下>等参照)、右の自供は、全体として優に措信できるものと認められるから、被告人甲にはアクセサリーたけひさの利益を図る目的があったものというほかない。以下所論に即して補説する。

1 所論は、まず、被告人甲の検面調書の任意性及び信用性を争い、これらの供述調書は、同被告人が検察官から巧妙な心理的圧迫を加えられた結果作成されたものであるから任意性に疑問がある上、その内容をみても、図利目的の存在を自供した部分など客観的な証拠と対比して明らかに誤っている点や不自然な点が多いから到底措信できず、これらの供述調書を採用し措信した原判決は訴訟手続の法令違反の違法がある旨主張する。

しかし、関係証拠を調査し、検察官の取調べ状況或いは検面調書の作成経緯に関する被告人甲の原審第八五回、第八七回公判期日の各供述〔一一五・一七四一九以下、一一七・一七九七三以下〕等を検討しても、同被告人の検面調書の任意性に疑いを生ぜしめるような事情が窺われないことはもとより、その核心的部分の信用性を否定すべき理由も見当たらないから、右検面調書を採用し信用した原判決に訴訟手続の法令違反等の違法はない。なお、この点について、所論は、原判決の被告人甲の検面調書の引用方法が恣意的であり、理由不備に当たるというが、原判決の検面調書の内容の引用方法が恣意的で違法とは認められないから、この主張も採ることを得ない。

2 所論は、原判決は、特別背任罪における故意、すなわち、任務に違背して会社に対し損害を発生させることの認識・認容と第三者であるアクセサリーたけひさの利益を図る目的とを区別することなく、前者があったことをもって後者もあったかの如く判断していて、法令の解釈・適用の誤りを犯すものである旨主張する。

しかし、原判決は、被告人甲の代表取締役としての任務内容、同被告人の右任務違反や三越の損害発生に関する認識・認容と図利目的の存在とを区別して検討した結果、本件において被告人甲には前者も後者も認められる旨判示しているのであって、原判決が、所論のように任務に違背して三越に対し損害を加えることの認識・認容とがあったことをもって直ちにアクセサリーたけひさに対する図利目的の存在を肯認したものでないことは、その詳細な補足説明を検討すれば明らかである【二〇五以下、二九六以下、三〇〇以下参照】。この点の所論は採用できない。

3 所論は、原判決は、被告人甲の五七・一一・二〇及び五七・一二・一各検面調書の記載を引用して同被告人の図利目的の存在を肯定しているが【二八六参照】、右に記載された程度の被告人甲の心情をもって図利目的を認定することはできない旨主張する。

そこで、検討するに、被告人甲は、①五七・一一・二〇検面調書<四二・六六一二以下>において、昭和四七年四月ころ被告人乙がオリエント交易という貿易会社を設立して香港その他からアクセサリー等を輸入するということを聞いたので、「この会社が順調に伸びて行く様に援助してやろうと思い」、香港三越と三越との一部の取引の間にオリエント交易を入れてやることを考えたものであって、もともと輸入品の仕入にはろくに取引に関与していないのに間に入ってマージンあるいはコミッションを取っている商社があり、いわゆる眠り口銭を取られている場合もあったので、それよりもマージンを少なくしておけば、三越にとってそれほどの負担にならず、「私にとって心の安らぎを与えてくれる存在となっている乙にその位の援助をしてやっても、まあいいだろうという気持ちになった」、被告人乙に「厳格にいえば必ずしも払わなくても良いマージン或いはコミッションを取られてしまったことを深く反省している」旨供述し、②五七・一一・二二検面調書<四二・六六一九以下>において、被告人乙からの説明で、すでに「準直方式」による取引がなされていて、オリエント交易とアクセサリーたけひさの二つの会社が三越からマージンを取っていることを知った際、「まずいのではないかと感じた」が、「乙には一部余分な支払いをすることにはなりますが、三越がその商品を売ればその分だけ一部利益は減るものの実際に三越に利益は相当残る訳けですから、三越としては積極的な損害が出る訳けではなく、現在の流通業界ではいわゆる眠り口銭を取っている商社もあると感じていましたので、つい見すごしても良いだろうと考えてしまったのです。……しかし、あまり乙がマージンを取りすぎてはいけないという気持ちが働きましたので、その場で乙には、なるべくコミッションで仕事をする様にしろ、派手なことはするなよ、という注意はしておきました」旨供述し、③五七・一一・二九検面調書<四二・六六九八以下>において、乙絡みの商品の輸入を拡大すれば、「乙のコミッション或いはマージンも増えることは判っていました」が、「三越はこれらの商品に売買益を乗っけて売りさえすれば、乙らにコミッション或いはマージンを支払わない時よりも売買益は減るものの、利益が出るには間違いなく、積極的に三越が損をする訳けではないことから、この位の支払いはかまわないだろうと考え、この様な支払いを許して来ました」旨供述し、④五七・一二・一検面調書<四二・六七一二以下>において、「三越では、社長以下仕入の担当者は商品を少しでも安く或いは余計なコミッションとかマージンを少しでも取られない様にするためティファニーにおける日紡(「日貿」の誤記と認める。)やローマにおけるチッキーニーを切ろうと努力していたのですから、乙の場合もたとえ一円たりとも余計なコミッションとかマージンを支払わない様厳格に対処すべきだったのですが、……そんな厳格な態度に出ることがためらわれ、ついづるづると乙の甘えを許して来ました。私の気持ちの中には輸入品の仕入に際し、ろくに仕事もしないのに高い口銭を取っている商社もあるのだから、乙に対し少し位余計なコミッションやマージンを落としてやっても良いだろうという気持ちがあり、更に要は、仕入れた商品を売買益を乗っけて売りさえすれば、乙にコミッションやマージンを支払わない時よりも利益は減るものの、三越にとっても利益が出ることには違いなく、その意味では三越のプラスにもなるのだからかまわないだろうという気持ちも働き、さして深く考えることもなくづるづると今日まで来てしまいました」旨供述していることが認められる。

これらの供述調書によれば、被告人甲は、検察官の取調べに対し、準直方式等の取引が三越の売買益の減少をもたらすものであることを認識した上、被告人乙やその経営する企業に不当な金銭的利益を与えるために、敢えて、その継続を認容した旨供述しているのであるから、右検面調書の記載は被告人甲の図利目的の存在を肯認するに十分というべきであって、その旨認定判示した原判決に誤りはない。たしかに、これらの供述中には、同被告人が、(a)他の輸入取引における商社の場合と比較して被告人乙やアクセサリーたけひさへの利益供与も許されているものと信じていたとか、(b)同時に、「三越の利益」にもなることだからかまわないと思った趣旨の部分が存在する。しかし、これが被告人乙やアクセサリーたけひさらに不当なマージンを与えていたことの弁解に過ぎないことは、前後の行文からも明らかであり、これらをもって被告人甲に図利目的がなかったことの証左とすることはできない。すなわち、(a)原判決が正当に指摘するように【三〇二以下参照】、いわゆる「眠り口銭」を取っているとされているティファニーにおける日貿商事やローマにおけるチッキーニーの場合と本件「準直方式」における被告人乙らの場合とが異なることは明らかであるし、(b)同時に三越の利益をも図り得るとしても、それはあくまでも副次的なものに留まり、図利目的の存在を否定する根拠とはなし得ない(次節で詳論するように、「準直」商品の売上によって三越に相応の営業利益が生じたとしても、そのことは本件特別背任行為によって生じた損害を回復させるものではない。)。それ故、この点の所論も採用することはできない。

4 所論は、被告人甲の右検面調書には、主としてオリエント交易の設立当初の時期、すなわち、昭和四七年ないし同四九年ころの心情が供述されているのであって、右の時期と本件の犯行時期、すなわち、昭和五三年、五四年以降の時期では、オリエント交易の業務内容が量的にも質的にも異なっているのであるから、供述調書の右記載をもって被告人甲の本件犯行時の図利目的を認定することはできない、と主張する。

しかし、右3の引用からも明らかなように、被告人甲は、前記検面調書において、必ずしも、オリエント交易の発足当初の気持ちのみを供述している訳ではなく、昭和五一年ころ以降の認識や心情についても供述しているのであるから、右検面調書中の自供を有力な証拠として被告人甲の原判示犯行当時(昭和五三年八月ころから同五七年七月ころまで)における図利目的の存在を認定することが許されることは当然であって、右所論には賛成できない。

5 その他、所論は、被告人甲は「準直方式」を後になってから追認したものであること、個々の商品を「準直方式」によって買い付けるかどうか、アクセサリーたけひさに供与する売買差益の率如何等々について、まったく関知していなかったことなどを指摘して、被告人甲に図利目的がなかったことを裏付けるものである旨主張するが、所論指摘のような事情をもって同被告人の図利目的の存在を否定すべきものとは考えられない。

以上のとおりであるから、被告人甲に背任の故意及び図利目的の存在を認定した原判決は正当であり、更に、この点を争う縷々の所論にかんがみ、関係証拠を再検討しても、原判決には被告人甲の特別背任の主観的要素の存在について事実の誤認等はなく、論旨は理由がない。

第二項 被告人乙関係

一 総説

原審の記録及び証拠物を調査して検討するに、被告人乙に特別背任の故意及び図利目的を認定した原判決に所論のような事実の誤認及びこれに基づく法令の解釈・適用の誤りはなく、当審における事実取調べの結果を加えてみても、この結論に変わりはない。

二 任務違背及び損害発生の故意に関する主張について

すでに説示したとおり、「準直方式」は、被告人乙や同被告人の経営するアクセサリーたけひさに対し、その有用性の対価をはるかに超える不当な利益をもたらすものであり、それだけ三越に損害を発生させるものである。被告人乙は、そのことを知悉しながら被告人甲の直輸入政策に便乗し、三越仕入担当者らと協議の上、同社に「準直方式」を採用させ、その後、被告人甲の協力をも得て、右方式による取引を継続・拡大させたものと認められるから、被告人乙は、右方式による取引の継続・拡大が被告人甲の任務に違背するものであり、かつ、三越に損害を発生させるものであることを認識・認容していたものと認めるのが相当である。そして、被告人乙は、検察官の取調べに対し、オリエント交易やアクセサリーたけひさの活動の実態及び海外商品輸入に関する三越との取引の実情について詳細な供述をして、準直方式による取引でオリエント交易等がはたした役割はマージンを取得するに値するものではなかった旨供述し(五七・一一・二一検面調書<四二・六七九八以下>参照)、また、昭和四八年末か同四九年始めころに準直方式による取引が採用されたのは、三越の宮崎らの発案に同被告人が同意したためであるが、この方式は被告人乙らが従前より利益を取得し三越の利益を圧迫するものであり、宮崎らが同被告人と被告人甲の特殊な関係を配慮してくれたものと思う旨供述しているのである(五七・一〇・三一検面調書<四二・六七六〇以下>参照)。

1 所論は、まず、被告人乙の検面調書の信用性を争うが、同被告人の原審第八一回、同第八六回、同第八七回公判期日の各供述〔同被告人作成の六一・六・一〇陳述書を含む。一一一・一六五八四以下、一一六・一七七九五以下、一一七・一七八八五以下〕及び当審公判廷における供述等を検討しても、同被告人の右調書の核心的な部分につき信用性を阻害すべき具体的な事由は認められないから、右所論は採ることができない。

2 所論は、被告人乙は、自己のデザイナーとしての能力や自己及びオリエント交易等の海外における商品開発等の活動が三越にとって有用であると信じ、かつ、三越からも有用と評価されているものと思っていたし、「準直方式」による商品の店出率は、三越側が一方的に決めていた上、三越への納入価格にいては、その都度、三越側の担当者と協議し、三越の利益をも十分考慮しながら決めていたことから、同被告人らの取得する利益が不当なものであり、三越に損害を発生させるものであるなどとは、まったく考えていなかった、と主張する。

しかし、冒頭に説示したとおり、被告人乙は自己らの能力や活動が三越から取得するマージンに値するものではなかった旨自供しているのであり、同被告人において、「準直方式」が同被告人らに対してその有用性の対価をはるかに超える不当な利益を与え、それだけ三越に損害を発生させるものであることを認識していたことは、到底否定できないところである。そして、被告人乙が右の事実を認識していたものと認められる以上、「準直方式」による商品の店出率が形式的には三越の担当者によって決められていたこと、右商品の三越への納入価格が三越側担当者との協議の上で決められていて、三越の利益も考慮されていたことなどの事情をもって、被告人乙の背任の故意を否定することはできない。

3 所論は、被告人乙は、三越に商品を納入してコミッションやマージンを取得している他の業者について、右のコミッション等の取得が違法・不当と指摘された事実がなかったことから、自己らの「準直方式」等による商取引の正当性を確信していたものである、と主張する。

しかし、被告人乙らと三越との「準直方式」等による取引が正当なものとはいえないこと、被告人乙は、そのことを知悉していたと認められることは、前説示のとおりである。被告人乙らのほかにも三越からコミッションやマージンを取得する商品納入業者がいたとしても、当該業者がコミッション等を取得するに至った経緯や取得しているコミッションの率などは、業者ごとに様々であり(当審証人吹田富雄の供述等参照)、これらの個別事情を捨象して、商品納入業者によるコミッション等取得の当不当を論ずることはできないのであって、そのことは被告人乙自身がよく知っていたものと認められるから、他の業者がコミッション等の取得につき違法・不当と指摘されなかったことをもって、被告人乙に背任の故意がなかった証左とする所論は採用できない。

三 図利目的に関する主張について

すでに説示したとおり、「準直方式」による取引は、被告人乙らの有用性ないし寄与の程度を遥かに超えて同被告人やその経営するアクセサリーたけひさに不当な利益をもたらす違法なものであり、同被告人は、そのことを知悉しながら、「準直方式」による取引を採用・継続させたものであるから、被告人乙に背任罪における図利目的があったことは明らかである。

1 所論は、被告人乙は、三越の出入り業者として三越と利害対立の関係にあるアクセサリーたけひさの経営者であり、同社の利益の拡大を願うのは、ある意味で極めて自然のことであるから、このような同被告人の立場を考えれば、同被告人に図利目的があったとはいい難いと主張する。

なるほど、アクセサリーたけひさが三越の出入り業者であるという面からすれば、被告人乙において、同社と三越との取引を通じて自己やアクセサリーたけひさの経済的利益を図ることは通常の営業活動であるかのようにみえる。しかし、本件「準直方式」のような違法な取引によって本来認められない不当な利益を獲得し三越に損害を加えることまでも、通常の営業活動による適法な利益の取得とみられないのは当然であって、背任罪における図利目的の存在は到底否定し得べくもない。所論は採用の限りでない。

2 所論は、被告人乙は、自己やアクセサリーたけひさの利益と同時に、むしろそれ以上に、三越の利益を念頭において行動していたのであって、そのことは、前掲熊田日誌《六一三》中随所に記載されているほか、当審証人ジル・フォンテーヌ、同フランシス・バターズの各供述に現れた同被告人の海外商品の開発や取引における姿勢等に照らして明らかである、と主張する。

なるほど、所論の援用する関係証拠中には、被告人乙がヨーロッパに赴いた際、商品の開発等につき、超人的とも思える程熱心に行動していたとか、サプライヤーやその代理人と交渉するに際し、必ずしも買付商品の数量や価格の増加に拘泥することなく、日本における売行き等を考えながら行動していたなどの、所論に副う記載や供述がある。しかし、商品開発、買付の場面における同被告人の熱心な行動は、第一次的には企業経営者である同被告人が自己の企業の利益獲得を目的としたものと認められ、同時にそれが三越の経済的利益に合致するとしても、それは、サプライヤーらとの交渉に当たって三越の巨大な資本や信用力等を援用することが有利であるほか、同被告人の企業の利益そのものが三越による全量買取という後楯に依存している構造に由来するものであって、決して同被告人がアクセサリーたけひさの利益よりも三越の利益を優先的に考えて行動していたことを示すものではないというべきである。したがって、この点も、同被告人の図利目的の存在を否定する根拠とはなし得ない。

以上のとおり、被告人乙に背任の故意及び図利目的のあることを認定した原判決は正当であり、更に、この点を争う縷々の所論にかんがみ、関係証拠を再検討しても、原判決には被告人乙の特別背任の主観的要素の存在について事実の誤認等は見当たらない。論旨は理由がない。

第五節  損害に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

第一項 総説

原判決は、被告人両名が、アクセサリーたけひさから商品を仕入れるに際し、同社に対して売買差益分を含む仕入代金を支払ったことをもって、三越に右差益分に相当する金額の損害を加えた旨認定するが、三越がアクセサリーたけひさの活動に対して適正な対価を支払うのは、当然であって、これをもって、背任罪の「損害」を加えたものとはいい得ないところである。のみならず、三越は、アクセサリーたけひさからの仕入れに際し、同社への売買差益分を含む仕入価格に相当する商品を取得しており、右売買差益分は当該商品の販売価格に転嫁され、小売販売によって回収される構造となっていて、現に回収されていたのであるから、アクセサリーたけひさは、いかなる意味でも三越に「損害」を加えていないのである。原判決には、三越の「損害」の発生につき、理由齟齬、事実誤認、法令の解釈適用の誤り等が存在するが、それ以外にも、「損害」の額に関し、アクセサリーたけひさによる検品等の対価を無視したこと、検察官主張の訴因を超えた取引による売買差益分をも犯罪として認定したこと等々の点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな誤りがあり、到底破棄を免れない。

第二項 損害の捉え方と損害発生の有無について

(理由齟齬、審理不尽、法令の解釈・適用の誤り、事実誤認等の主張、A1二・一以下、二一以下、A4二五以下、B1五〇九以下、五二三以下など)

1 原判決は、①その理由中、直輸入商品関係特別背任事件の「罪となるべき事実」として【第一章第二節一の(二)の1】、被告人両名が、共謀の上、三越の準直商品の仕入に際し、三越から、アクセサリーたけひさに対し、同社の売買差益分を含む仕入代金を支払い、もって、三越に対し、右差益金額相当の損害を加えた旨認定し【五一、五二】、三越にとって「支払うべき合理的理由のない」売買差益を支払った仕入時点において「損害」の発生を捉えるとともに、その補足説明中でも【二八七以下】、準直方式による直輸入システムは、アクセサリーたけひさへの差益分だけ「確実に三越の仕入価格が高騰する関係にあり、しかも、これらは三越にとって全く支払う必要のない出費であったことが明らかであるから、これらの支払いは、三越の既存の全体財産の減少をもたらすものとして三越の損害となる」旨判示し、更に、「任務違背行為によって生じた損害を販売による利益で差し引きして考えるべきものではない」旨判示して、仕入段階において支払う必要のない出費(以下「無用の出費」という。)をしたことが三越の既存の全体財産の減少をもたらすものとして、背任罪の「損害」であるとしている【二八八】如くであるが、他方、②右の補足説明に続いて、準直方式等では、三越が「無用の出費」による仕入れ価格の高騰分(以下「高騰分」という。)を販売価格に転嫁することができず、したがって、右高騰分について、販売による回収も困難な関係にあった、とも判示した上【二八八】、その理由を極めて詳細かつ具体的に説明しているのであって【二八九ないし二九四】、仕入価格の「高騰分」を販売価格に転嫁・回収できないこと、又は、右転嫁・回収の可能性がないこと、すなわち、得べかりし利益の減少をもって、背任罪における「損害」としているかの如くでもある。原判決の「損害」の捉え方自体が混乱していることは明らかであって、原判決には理由齟齬の違法が存する。

2 仮に、原判決が、前記①のように、仕入代金支払の時点における「無用の出費」自体をもって背任罪の「損害」と捉え、右時点で背任の既遂罪が成立すると解しているのであれば、原判決は、改正前の商法四八六条一項所定の特別背任罪における「損害」につき、法令の解釈を誤ったものである。けだし、三越は、準直商品を始めとするいわゆる「乙絡みの商品」を他の直輸入商品と同じ程度の「店出率」で販売できる商品として仕入れたのであり、少なくとも「高騰分」を含む仕入価格以下の小売価格で販売することは、まったく考えていなかったのであるから、仕入価格に含まれた「高騰分」は、そのまま当該商品に化体されている筈であって、それ故、仕入代金支払の時点においては、三越の全体財産が増加することはあっても減少することはなく、原判示のように三越の既存の全体財産の減少をもたらすということにはならないからである。なお、原判決は「損害」額認定の基礎を検察官提出の証拠説明書に依拠しているところ(これが誤りであることは、後記第三項で指摘のとおりであるが、この点はさておき)、右説明書においては、一旦三越に納入された商品の返品、再納等の流れが個別的具体的に追跡調査され、アクセサリーたけひさの売買差益額の算定に当たって考慮されているのである。しかし、三越の「損害」を仕入代金支払の時点における全体財産の減少として捉えるのであれば、かかる考慮には合理性がなく、この点でも原判決の「損害」の捉え方には、明らかに齟齬があるものというべきである。

3 したがって、乙絡み取引における三越の「損害」は、仕入価格の「高騰分」だけ三越の販売利益(得べかりし利益)が減少したと認められるか否か、換言すれば、「高騰分」を販売価格に転嫁して購買者から回収し得たか否か、という観点から検討すべきものであり、原判決が前記②において「高騰分」の販売価格への転嫁ないし販売による「高騰分」の回収について詳細な検討を行っているのは、かかる見解に基づくものとも考えられるところ、取り調べられた関係証拠からは、かかる意味での「損害」はまったく認められないから、原判決には「損害」の発生について、審理不尽、事実誤認が存在する。すなわち、

(一) 右のように、販売により得べかりし利益の減少という考え方を採用する場合には、(a)第一次的には、個々の商品毎・取引毎に仕入価格の「高騰分」が小売価格に転嫁され回収されたかどうかを具体的に検討すべきものであるが、原審においては、そのような作業がまったく行われていないのであるから、原判決には審理不尽の違法が存する。(b)右(a)の作業が事実上不可能であるとすれば、第二次的には、仕入代金支払の時点における右転嫁・回収の可能性の有無によって「損害」の有無を判断するほかないというべきところ、乙絡み商品については、仕入代金支払の時点において三越所定の店出率を十分に確保できる見通しがあったから、右の意味での「高騰分」の転嫁・回収の可能性が存したことは明らかである。(c)のみならず、関係証拠によれば、乙絡み商品については、これを全体的に観察する限り、他の商品と同程度の店出率が十分に確保されていて、「高騰分」は販売価格に転嫁されていたことが認められる上、仮に、乙絡み商品中に「高騰分」を転嫁できないものがあったとしても、それがどの商品のどの取引か、転嫁できなかったのは「高騰分」の全部か一部か、その金額はどの位か、まったく確定できず、かつ、損害発生時期の特定もなされていないのである。結局、本件では背任行為による損害額の認定ができないものであるから、背任既遂の事実は認定できない筈である。

(二) 原判決は、前記1のとおり、三越が仕入価格の「高騰分」を「販売価格に転嫁することができず、したがって、右高騰分について、販売による回収も困難な関係にあった」旨判示した上、その理由として、流通業界における商品の販売価格については、準直商品においても「価格が横並びで決定される原則」が存在するので、同業他店の同種の商品の売価を考慮することなく、著しく高い売価を設定することはできなかったとか【二八九】、三越において、乙絡み商品と直輸入商品との間には買付時の店出率に差異はなかったものの、現実の上代(販売価格)の設定にあたって、右計画どおりの店出率を確保することができず、あるいは、一旦、所定の店出率を確保すべく上代を設定しても、これが高いために値引販売を余儀なくされていたなどと判示している【二九〇以下】が、いずれも誤りである。

第三項 判示方法の不備等について

(理由不備、訴訟手続の法令違反の主張、B1七以下)

原裁判所は、弁護人立証の最終段階において、検察官に対し、三越の被った「損害」の額の特定のために証拠説明書の作成を命じるという甚だ不公平な措置をとった上、原判決の補足説明において、三越の被った「損害」額の内訳については、検察官提出の証拠説明書Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ及び「証拠説明書の訂正について」記載のとおりである、という異例の判示方法【二九四】をとっているのであって、理由不備若しくは訴訟手続の法令違反を犯すものである。

第四項 アクセサリーたけひさによる検品等の対価について

(事実誤認、法令の解釈・適用の誤りの主張、A1一・四七以下、二・二七など)

仮に、原判決のような意味での「損害」の発生を是認するとしても、アクセサリーたけひさが、三越に対する準直商品の納品に際して検品や値札付けを行い、納品に伴う店員派遣を行ったことは、関係証拠に照らし明らかであって、原判決も不十分ながら認めているところである【一七六ないし一七九】。アクセサリーたけひさのこれらの活動等は、直輸入の場合には三越自身の負担において行われるべきものであるから、これがアクセサリーたけひさの出捐によって行われたということは、それだけ三越が経済的利益を受けたことであり、その対価性を否定することはできない筈である。アクセサリーたけひさの出捐によって得た三越の利益相当分は、その「損害」から控除されるべきものであって、これを無視した原判決は、三越の被った「損害」額について事実を誤認したか、背任罪における「損害」の解釈適用を誤ったものである。

第五項 返品、再納等による差額について

(事実誤認の主張、B1九以下)

アクセサリーたけひさの取り扱った商品については、完全買取制とはいうものの、事実上棚卸しの時期などに返品、再納を繰り返していたのが実態であるところ、原審で取り調べた関係証拠によっては、その詳細は明らかにされていない。原判決は、返品・再納により「アクセサリーたけひさに差損が発生しているのが見受けられることも事実である」旨判示しながら【一九五】、その具体的内容を商品ごと・取引ごとに検討することなく、漫然、検察官提出の証拠説明書記載のとおりと判示している【二九四以下】が、事実を誤認したものであって、このことは、右説明書の記載からも明らかであり、当審証人植田勇夫の右説明書の作成過程に関する供述は、これを裏付けるものである。

第二款 当裁判所の判断

第一項 総説

そこで、原審記録及び証拠物を調査し当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、準直方式の取引によって被った三越の「損害」に関し、原判決の「損害」の捉え方に誤りはなく、三越に原判示の「損害」額の発生を認定した原判決は正当として是認することができる。

第二項 損害の捉え方と損害発生の有無に関する主張について

1  昭和五六年法律第七四号による改正前の商法四八六条一項にいう「会社ニ財産上ノ損害ヲ加ヘタルトキ」とは、「経済的見地において会社の財産状態を評価し、被告人の背任行為によって、会社の財産の価値が減少したとき又は増加すべかりし価値が増加しなかったとき」をいうものと解するのが相当である。本件では準直方式による商品取引において、三越は、本来アクセサリーたけひさが取得することの許されない売買差益(オリエント交易からの仕入価格と三越への納入価格との差額)を支払うことにより「無用の出費」をしているのである(右売買差益が「無用の出費」に当たることについては、すでに第二節第二款第三項において検討したとおりである。)。いわゆる「準直方式」による取引において、アクセサリーたけひさがオリエント交易と三越の取引に介入して売買差益を取得すべき合理的根拠は存在せず、その売買差益はゼロであるべきものであって、三越の支払った売買差益はまったく支払う必要のない「無用の出費」である。したがって、それは本来あるべき「仕入価格」に含まれず、いわばその「外部」にあるものというべきである。それは、たまたま、アクセサリーたけひさがオリエント交易から購入した商品のマージン分という形態を取っているため、三越の「仕入価格」の一部を構成するかの如き外観を呈しているけれども、もともと被告人甲が被告人乙に対する個人的関係から同被告人に供与している「無用の出費」に過ぎないものであり、個々の商品取引を離れ、年間何億円という定額支給の形態を取った場合とその本質において異なるところはないのである。この点につき、原判決は、「仕入価格が高騰する」とか、「仕入価格の高騰分」などという表現を用いているが、このような言い回しは、あたかも右売買差益が「仕入価格」の一部を構成し、その「内部」にあるかの如き誤解を生じ、無用な論旨を誘発しかねないので、あまり適切な表現とはいい難い(原判決が「罪となるべき事実」や補足説明の中で「仕入代金」、「仕入価格」といっているのは、本文で述べたような本来あるべき「仕入価格」のことではなくて、三越がアクセサリーたけひさに対し「仕入代金として」実際に支払った金額を指しており、そこに含まれるアクセサリーたけひさの売買差益は、本来の「仕入価格」を構成しない点に留意すべきである。)。しかし、原判決は、右のとおり一部に措辞適切を欠く嫌いはあるが、右売買差益分の支払を三越にとって「無用の出費」と認定し、これをもって背任罪における「損害」と捉えているのであって、その理論構成は正当というべきである。

2  以上の説示から、売買差益分の支払が三越の全体財産の減少をもたらすものであることは明らかであるが、売買差益分が仕入価格の一部を構成するとの誤解を一掃するため、若干補足説明する(計算の便宜上、以下アクセサリーたけひさのマージンを仮に二〇%と設定する。)。

(a)  まず、貸借対照表(以下「B/S」という。)上の勘定科目について検討する。

いま、オリエント交易からの商品一〇〇〇万円にアクセサリーたけひさのマージン二〇%を乗せて、一二〇〇万円を三越が支払ったとする。この場合、(ア)「現金・預金」勘定は貸方欄に一二〇〇万円が計上される(資金の減少を意味する。)。これに対し、通常の場合は、「商品」勘定の借方欄に一二〇〇万円が計上されて(資産の増加を意味する。)貸借が均衡する(三越で実際に行われた経理処理はこのとおりになっている筈である。それは、経理担当者において、二〇%のマージンが「無用の出費」であることを判断する権限を有しなかったために過ぎない。)。しかし、右二〇%のマージンは本来支出すべきでない「無用の出費」であって、仕入価格に含まれないものであるから、「商品」勘定の借方欄に計上すべき金額は一〇〇〇万円に過ぎない。したがって、この時点でB/Sを作成すれば、借方欄「一〇〇〇万円」貸方欄「一二〇〇万円」で、差引き二〇〇万円の損失が計上されることとなる。(イ)また、この商品が、現実に支払った一二〇〇万円を基準に所論店出率四〇%を乗せて、二〇〇〇万円で売却できたとすれば、「現金・預金」勘定の借方欄に二〇〇〇万円が計上され(資産の増加)、さきの貸方欄の一二〇〇万円と差引きすれば、借方欄に八〇〇万円が残る。一方「商品」勘定は、貸方欄に一〇〇〇万円が計上され(資産の減少)、さきの借方欄の一〇〇〇万円と差引きすれば〇となる。その結果、この時点でB/Sを作成すれば、八〇〇万円の利益が計上されることとなる。八〇〇万円の営業利益が得られれば、損害はなかったようにみえるが、実際は、仕入価格一〇〇〇万円の商品を二〇〇〇万円で売ったことによる一〇〇〇万円の利益(この場合の店出率は五〇%となる。)が計上されるべきところ、八〇〇万円の利益しか計上できなかったのであるから、ここに二〇〇万円の損失を生じているのである。これは、一見「得べかりし利益の喪失」のようにみえるが、すでに仕入の段階で発生している積極損害がそのまま残ったに過ぎないものである。

(b)  次に損益計算書(以下「P/L」という。)上の勘定科目について検討する。

すでに説示したところから明らかなように、「仕入」勘定の借方欄に計上すべき商品の原価は一〇〇〇万円であって、一二〇〇万円ではない。差額二〇〇万円の支出は、もとより、そのこと自体が特別背任罪の実行行為となるものであるから、正規の勘定科目には計上のしようがなく、簿外の裏勘定とするほかないものである。しかしながら、それではB/Sとの間に不突合を生じるから、これを避けてP/Lに乗せるためには、何らかの名目で支出勘定を設けて借方欄に計上するほかない(この支出は、仕入に対する原価・費用に当たらないことが明らかであるから、一種の営業外損失と考えるべきであろう。ここでは仮に「X勘定」と呼ぶこととする。)。この場合において、(ア)当該商品が期中に売却できなかったときは、P/L上は、借方欄に「当期仕入高」一〇〇〇万円、貸方欄に「期末棚卸高」一〇〇〇万円がそれぞれ計上されて相殺されるほか、借方欄に「X勘定」二〇〇万円があるため、結局二〇〇万円の計上損失等となる。(イ)また、期中に当該商品が二〇〇〇万円で売れたとすれば、借方欄の「当期仕入高」一〇〇〇万円に対して、貸方欄に「当期売上高」二〇〇〇万円が計上され、一〇〇〇万円の「粗利益」が出るが、借方欄に「X勘定」二〇〇万円があるため、経常利益は、粗利益や営業利益より二〇〇万円少ない八〇〇万円に止まることとなる。

右にみたように、B/S上もP/L上も、「無用の出費」は、正味商品の価格や仕入高には含まれない。したがって、「三越がアクセサリーたけひさに支払ったと同額の商品が三越に入ることになるから、三越の全体財産に増減はない」との議論は適用しない。

更に重要なことは、右の設例からも明らかなように、三越が商品の価格に右「無用の出費」分を加算した金額に所定の店出率を乗せて販売できたとしても、「無用の出費」をしたことによる損害は依然として残るのであって、これが回復されることはないのである。すなわち、「店出率を確保できれば損害は発生しない」とする議論の失当であることは明白といわなければならない。「無用の出費」(営業外損失)をしたことによる損害は、三越の営業努力によって回復されることはなく、アクセサリーたけひさから、三越に対し同額を戻入することによってのみ、解消され得るのである。

以上の検討結果に照らせば所論の当否はおのずから明らかということができるが、以下、個々の所論につき若干の説明を付加することとする。

3 さきに説示したとおり、原判決は、三越がアクセサリーたけひさからの「準直方式」による仕入に際し、「無用の出費」である同社の売買差益分を含めた金額を仕入金額として支払ったことをもって改正前の商法四八六条一項にいう「損害」と捉えているのであって、そのことは、その「罪となるべき事実」の判文自体に徴し【五二参照】、また、補足説明中の(高騰分)は「三越が直輸入業務を行ううえで全く支払う必要のない出費であったことが明らかであるから、これらの支払いは、三越の既存の全体財産の減少をもたらすものとして三越の損害となることは明らかである」旨の判示【二八八】、更に、「任務違反行為によって生じた損害を販売による利益で差し引きして考えるべきものではない。本件においては、準直方式等による仕入が行われる際に無用の出費に基づく損害が発生しているのであるから、三越の他の営業による利益ないし当該準直商品等による販売利益があったからといって、右の損害が消滅したり減少したりする関係にはないのである」旨の判示【二八八】等に照らし、明らかであって、もとより正当な解釈と認められる。なるほど、原判決は、右引用の判示部分に続く「のみならず」以下において、三越は原判示「高騰分」を「販売価格に転嫁することができず、『高騰分』の販売による回収も困難な状況にあったことが認められる」旨判示した上、その理由について詳細な説明を加えているが【二八八ないし二九四】、これがいわゆる傍論に過ぎないことは明白であって、原判決の「損害」の捉え方に混乱がある訳ではないから、理由のくいちがいをいう所論は、採用できない。

4 所論は、本件商品が小売販売の目的で仕入れられた点を強調し、仕入価格に含まれた原判示「高騰分」はそのまま当該商品に化体されているから、仕入代金支払の時点では「損害」は発生していないと主張するが、右主張が既にその前提において誤りであることは、前記1、2に詳論したとおりである。

また、所論は、小売販売の目的で仕入れた商品を「経済的見地において評価する」に当たっては、仕入代金の一部として支払った原判示「高騰分」についての「販売段階での回収可能性」を無視することはできないと主張するが、前記2で説明したように、仕入段階で生じた「無用の出費」を販売段階において回収することは理論的に不可能である(仕入商品と別個に計上された「損害」は、当該商品がどのように高価に転売されようと、B/S上もP/L上もそのまま「損害」として残るのである。)。この理は、当審で弁護人が指摘しているような、仕入名義が三越になっているものの納品場所が「さいか屋」、「ニューナラヤ」などとされ、仕入段階から三越がマージンを上乗せして関連会社に転売することが予定され、実行されている商品についても、まったく異ならない(一般の場合と異なるのは、転売が確実で売れ残りを生じないという点のみである。)。この場合でも、三越が仕入代金の支払に際してした「無用の出費」が、転売利益によって回収されることはないのである。

更に、弁護人が当審の弁論で主張しているように、小売販売を目的とした財産の価値は、仕入価格ないし取得価格ではなく、販売価格(小売での処分可能価格)をもって評価すべきである、というに至っては、企業会計の原則を完全に無視した独自の見解というほかなく、到底採用の限りでない。

5 原判決は、「準直方式」による取引における仕入段階の「無用の出費」をもって特別背任罪における「損害」と認定したものであり、その理論構成は正当と認められるから、これと前提を異にし、消極的損害の有無等について縷々展開するその余の所論に対しては判断の要をみない。

第三項 判示方法に関する主張について

原審記録を調査するに、原審第六二回公判期日(被告人乙につき公判準備期日)において、検察官から、その冒頭陳述を補充するものとして証拠説明書Ⅰ、同Ⅱが陳述・提出され、更に、第九一回公判期日には同Ⅲが、第九二回公判期日には同Ⅳが、第九七回公判期日には同Ⅴが、いずれも、検察官から、同様の趣旨で陳述・提出されたことは、関係公判調書の記載からも明らかなところであるが、右陳述・提出につき所論のような原裁判所の一方的で不公平な措置が取られた形跡は少しも見当たらないから(このことは、当審証人上田勇夫の供述に照らし一層明白である。)、訴訟手続の法令違反を主張する所論は前提において失当である。

そして、原判決が、その補足説明において、三越の被った「損害」額の内訳は検察官提出の証拠説明書「記載のとおりであると認められる」【二九四、二九五】と判示していて、これらの証拠説明書を引用していることは、所論指摘のとおりであり、これらの証拠説明書は、刑訴規則二一八条、同条の二所定の判決書に引用し得る文書に含まれていないものである。しかし、これらの証拠説明書は、その記載内容自体からも明らかなように、その時点ですでに取調べ済の多数の証拠物等の関係証拠を総合的に検討し整理したものであって、一方当事者の主張とはいえ証拠の裏付けを欠くものではないこと、単なる補足説明における引用に過ぎず、補足説明は有罪言渡しの判決書に必要不可欠なものではないこと等にかんがみると、かかる引用をもって違法不当視することはできないところであり、もとより理由不備の違法とは認められない。この点の所論は採用の限りでない。

第四項 検品等に関する主張について

アクセサリーたけひさが、三越に対する準直商品の納品に際して検品や値札付けを行い、納品に伴う店員派遣を行ったことは、原判決が若干の留保を残しながらもこれを認めているところであり【一七六ないし一七九】、関係証拠上これを全面的に否定することは困難であるから、三越がアクセサリーたけひさのかかる検品等の活動等につき、その対価の支払を免れ、その分だけ不当に利益を得ていると認められる場合には、これを三越が被った「損害」額から控除する形で考慮するのが相当である。しかし、すでに第二節第二款第一項において説明したように、準直方式の取引におけるアクセサリーたけひさの活動の有用性の判断に当たっては、同社の活動をオリエント交易や被告人乙の活動と切り離して評価するのではなく、三者の活動を一体として評価すべきものであり、かかる活動に対する三越の支払についても、アクセサリーたけひさだけでなく、オリエント交易、被告人乙を含めた三者を一体として考慮すべきものであって、準直方式の取引においてオリエント交易の取得した輸入原価の約五%というマージン(三越がアクセサリーたけひさへの仕入代金の支払を介してオリエント交易に取得させた利益)の中には、アクセサリーたけひさの検品等の活動等の対価の分が含まれているものと認められる。すなわち、三越は、アクセサリーたけひさの検品等の活動等の対価をアクセサリーたけひさには支払っていないが、これを含めた利益をオリエント交易に取得させているとみられるのであり、アクセサリーたけひさの検品等の活動等につき、対価の支払を免れ、それだけ不当な利益を得ている訳ではないのである。それ故、アクセサリーたけひさの検品等の活動等の対価相当分を本件「損害」から控除すべき理由はない。原判決が本件「損害」額からアクセサリーたけひさの検品等の活動等の対価相当分を控除しなかった理由については、その判文上必ずしも明らかでないが、その結論は正当と認められ、原判決には、この点に関し所論のような事実の誤認、法令解釈・適用の誤りは存しない。この点の主張には理由がない。

第五項 返品、再納等に関する主張について

証人根本邦彦の供述〔89.10823以下、90.10963以下、91.11355以下〕を初めとする原審の関係証拠と比照して検察官提出の証拠説明書の記載内容を検討しても、アクセサリーたけひさの取り扱った商品の返品・再納について、所論のような誤認があるとは認められず、このことは、当審証人上田勇夫の供述により一層明らかである。被告人甲の弁護人らは、当審弁論(要旨八三頁以下)において、上田証人の供述内容を子細に検討すると、証拠説明書の作成過程等に関する質問に対して納得できる説明がなく、このことに徴しても、準直商品における返品の把握に洩れのあった可能性及び準直商品以外の商品の除外が不完全であった可能性があると主張するのであるが、これらの点に関する各証拠説明書の記載及び上田の当審証言の内容は納得できるものであって、本件準直商品について返品されたのにこれが納品されたままの扱いになっていることを疑うべき具体的な理由はなく、また、準直商品以外の商品の除外が不完全なためにアクセサリーたけひさの差益額が実際より多く計算されている疑いも認められないから、右主張は採用できない。

なお、準直商品の返品に関連して、被告人甲の弁護人らは、当審弁論(要旨八七頁以下)において、原判決が「損害」額認定に際して依拠している検察官提出の証拠説明書によれば、一旦三越に納入された商品の返品、再納等の流れが個別的具体的に追跡調査されて、アクセサリーたけひさの売買差益額の算定に際し考慮されていることが明らかであるが、各商品ごと、各取引ごとに仕入代金の支払時点で原判示「高騰分」だけ「損害」が発生したという原判決の考え方とは相容れない取扱いであって、原判決は、その「損害」論とは異なる趣旨・方法で算定された金額を三越の「損害」額として認定しているものというべく、この点においても原判決の理由には齟齬がある、と主張する。

なるほど、個々の商品ごとに原判示「高騰分」を含んだ仕入代金が支払われたこと、すなわち、「無用の出費」がなされたことによって「損害」が発生したものと解する以上、その後に当該商品が返品されたからといって「損害」が消滅・減少することはあり得ない筈であるから、純理論的には返品分を控除すべき理由はないものといわざるを得ない。しかし、当審証人上田勇夫の供述等によれば、原審検察官が、証拠説明書の作成に当たって仕入後の返品の流れを追跡調査し、その結果を「損害」額算定の際に考慮したのは、個々の取引ごとに仕入代金の支払の時点で当該商品仕入による「損害」が確定するとはいうものの、長期間に亘る多数回の取引を包括して起訴した関係上、一定期間内に当該商品が返品されて支払代金、ひいてはアクセサリーたけひさの売買差益分が実質的に減少していることの明らかなものについては(三越とアクセサリーたけひさとの間の実際の取引では、返品分が当該返品のあった月の支払額から差し引かれている。)、これを三越の「損害」額から控除するのが相当との判断に基づくものと認められ、理論的には必要ではないにせよ、被告人らに有利な取扱いとして是認できるところであるから、かかる取扱いの存在をもって、原判決の「損害」の捉え方に矛盾や齟齬があるということはできない。この主張は採用できない。

第六項 職権による調査

一 起訴期間を超える取引による売買差益分の算入について

被告人乙の弁護人らは、当審弁論(要旨三二一頁以下)において、検察官が起訴の対象とした準直方式による取引は「昭和五三年八月から同五七年七月までの間」であるにもかかわらず、原判決は、「昭和五三年八月ころから同五七年七月ころまでの間」と認定して【五二】取引の対象期間を拡張した上、「損害」額の中に、アクセサリーたけひさが昭和五七年八月六日に納品した婦人服(検察官提出の証拠説明書Ⅱ参照)及び同月三日、四日、八日及び同月一〇日に納品したアクセサリー(同証拠説明書Ⅲ参照)によって取得した売買差益(各約九〇万円、合計約一八〇万円)をも含めているが、不告不理の原則に違反したものというべく、その違法は明らかである旨主張する。

そこで、原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、弁護人指摘の婦人服及びアクセサリーをアクセサリーたけひさから仕入れた時期が、いずれも、昭和五七年八月中であることは、その主張のとおりである。しかし、本件において起訴の対象とされているのは、被告人両名が共謀の上で「昭和五三年八月から同五七年七月までの間」に「三越が海外で買い付け」て、オリエント交易を介して輸入した商品につき、三越とオリエント交易との中間にアクセサリーたけひさを介在させて同社から三越が仕入れることとした上、これによる同社の差益金額を含む仕入れ代金を「昭和五三年八月二五日ころから同五七年九月六日ころまでの間」に三越の口座からアクセサリーたけひさの口座に振込入金させた、というものであって、このことは、昭和五七年一二月一日付起訴状記載の公訴事実の記載自体から明らかなところ、オリエント交易の五七年九月期の仕入台帳四綴《一八四》、同伝票綴一二綴《三〇九》、アクセサリーたけひさの仕入売上台帳八綴《一八〇》等の関係証拠によれば、弁護人指摘の各商品については、いずれも「三越が海外で買い付け」た時期及び仕入代金をアクセサリーたけひさの口座に振込入金させた時期が、右起訴の対象期間に含まれていることが認められる。したがって、原判決に不告不理の原則違反の違法はなく、この点に関する弁護人の主張には理由がない。

二 三越による商品代金未払い分の損害額からの控除について

被告人乙の弁護人らは、当審弁論(要旨三二〇頁以下)において、アクセサリーたけひさは、昭和五七年八月一六日から同年九月一五日までの間に一億七二〇六万円を上回る金額の商品を三越に納入しているが、三越は、同年一〇月二日ころ到達の内容証明郵便によって右商品代金の支払を留保する旨通知して今日までその支払をなさず、今後もその意思のないことが明らかなところ、右取引の多くが起訴対象期間から外れたものであるとはいえ起訴対象期間内の取引に引き続いてなされたものであること、実際には三越は右代金未払分だけ利益を取得し、その被った「損害」が減殺されていることにかんがみれば、右代金未払分に見合う金額を三越の「損害」額から控除すべきものであって、これを看過した原判決は誤りである旨主張する。

そこで、原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、三越が所論指摘の内容証明郵便によってアクセサリーたけひさに対する支払を留保したのは、すべて起訴対象期間外の昭和五七年八月一六日以降の取引にかかる商品の仕入代金であると認められる上、右は「当分の間」の「支払の留保」に過ぎず、アクセサリーたけひさの売掛金債権の消長をもたらすものではないから、これをもって本件起訴対象期間内に発生した三越の「損害」額を減殺すべきものとは到底考えられない。原判決に弁護人主張のような誤りはなく、この点の主張も採用できない。

第七項 結論

以上のとおりなので、準直方式の取引による三越の「損害」の捉え方、その金額の算定等にかんする原判決の判断、認定は、これを正当として是認することができ、更に多岐に亘る所論を念頭に再検討しても、原判決に理由の不備や齟齬、判決に影響を及ぼすような法令の解釈適用の誤り、事実の誤認等は認められないから、論旨は理由がない。

第二章  自宅改修費関係特別背任事件(被告人甲関係)

第一節  所論の要旨<省略>

第二節  当裁判所の判断<省略>

第三章  所得税法違反事件(被告人乙関係)

第一節  逋税の故意等に関する控訴趣意について<省略>

第二節  ワールドファッション宛デザイン料収入の帰属に関する控訴趣意について<省略>

第三節  ハッセンフェルドコミッションの年分帰属に関する控訴趣意について

第一款 所論の要旨

(事実誤認等の主張、B1七一二以下)

原判決は、三越がニューヨークの宝石商ハッセンフェルドシュタイン社(以下「ハッセンフェルド社」という。)からダイヤモンドを買い付けた際に発生した被告人のコミッション中、①昭和五三年六月一四日の買付にかかるコミッション1万3594.56米ドル及び②同年九月一一日の買付にかかるコミッション2万6453.21米ドルについては、被告人が右コミッションの支払に代えてダイヤモンドを取得した時にコミッション額相当の収入を得たものと認められ、被告人は、同五四年三月二六日に一一万七〇〇〇米ドル相当の三カラットのダイヤモンド一個を取得したのであるから、このコミッション収入は被告人の同五四年分の所得を構成する旨判示する【三四九】。しかし、原判決が右判断の理由として挙げるところには首肯できるものがなく、本件コミッションについては、ダイヤモンドの買付がなされた時点で「収入すべき権利」が確定していたことが明白であって、右①②の各コミッション収入を昭和五三年分の所得として計上すべきものである。原判決は、右コミッション収入の計上時期等に関し、事実認定等を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二款 当裁判所の判断

原判決挙示の関係証拠によれば、三越のハッセンフェルド社からのダイヤモンドの買付に際し、被告人がコミッションを取得するようになった経緯等については、概ね原判決がその補足説明中で説示しているとおりの事実関係が認められる【三四四以下】。その大要を摘録すれば、(a)昭和五三年春ころ、三越がハッセンフェルド社からのダイヤモンドの買付を決めた際、仕入本部貴金属部長武田安民は、被告人に対し、事前にその経過を報告した上、買付金額の二%のコミッションを支払うということで被告人の了承を得ていたところ、(b)同年六月ころの第一回の買付に当たり、武田は、被告人をハッセンフェルド社に同道した上、同社社長に対し、「乙は、三越にとって有力な人物であり、コミッションを支払うことによって取引がスムーズになる。三越が乙のコミッション分としてダイヤモンドの買付金額の二%のコミッションを上乗せして支払うので、このコミッションをハッセンフェルド社から乙に支払ってもらいたい」旨申入れてその承諾を得たが、その際、被告人は、同社長からコミッションを現金で持ち帰るか否かを尋ねられ、ハッセンフェルド社にプールしておいて欲しい旨答え、その了承を得た、というのである。

このようにして、被告人は、三越がハッセンフェルド社からダイヤモンドを買い付ける都度、買付金額の二%に相当するコミッションを取得することとなり、三越が買付金額に上乗せして支払ったコミッション相当額をハッセンフェルド社に蓄積しておいたのであるが、その後、同社長から、ダイヤモンドの価格が上昇を続けているので、現金よりダイヤモンドの形で保有する方が有利であると勧められ、右コミッションを使用し、不足分があるときは自己資金を加えるか、将来コミッションとして受け取ることとなる金額を同社から前借する形をとって、(ア)昭和五四年三月二六日に三カラットのダイヤモンド一個(一一万七〇〇〇米ドル相当)を、(イ)同五五年一月一四日に1.03カラットのダイヤモンド一個(三万一四一五米ドル相当)を、(ウ)同年四月一七日に1.02カラットのダイヤモンド一個(三万四六八〇米ドル相当)を、(エ)同五六年一月一三日に2.14カラットのダイヤモンド一個(四万八一五〇米ドル相当)を、それぞれ購入しているのである(なお、昭和五五年一一月三日の第一〇回の買付までに被告人がハッセンフェルド社に蓄積したコミッションの額と購入したダイヤモンドの価格との対応関係の詳細は、原判決がその補足説明【三四六以下】で認定判示するとおりである。)。

以上の事実関係に関し、原判決は、三越とハッセンフェルド社とのダイヤモンドの取引においては、「買付先の選定からダイヤモンドの選別に至るまですべての過程を三越自身の活動によって行っており」、被告人にコミッションを支払うべき合理的理由がないため「会社経理の上でコミッションの支払いを表面化することができず」、「三越がダイヤモンドの買付金額に二パーセントを上乗せしてハッセンフェルド社に支払い、同社からこの二パーセント分が被告人乙に支払われるという方法」をとらざるを得ず、「コミッション支払に関して、三越、ハッセンフェルド、被告人乙の間において文書で明確化する方法もとることができ」なかったことを指摘した上、「三越、ハッセンフェルド、被告人乙の三者の関係からみても、ハッセンフェルドが現実に支払いをするか否かは不確実なものであり、ハッセンフェルド側の支払いも言わば口約束に基づく事実上のものであったに過ぎないから」ダイヤモンドの買付がなされたとしても、被告人としてはコミッションの「受領を期待し得る立場を越えて、何らか法的保護に裏打ちされた確たる権利を有していたとは認められ」ないとして、被告人がハッセンフェルドからコミッションの支払に代えてダイヤモンドを取得した時(将来のコミッション分の前借があるときは、このコミッションが発生した時)に、コミッション額相当の収入を得たものと判断している【三四七ないし三四九】。

しかしながら、三越が被告人にコミッションを支払うべき合理的理由があるか否かは三越内部の問題に過ぎないのに対し、被告人のコミッションを受け取る権利が発生、確定していたか否かは、三越、ハッセンフェルド社及び被告人の三者間の契約関係に関わる問題である。三越は、ハッセンフェルド社との取引を開始するに当たり、買付金額の二%に相当するコミッションを支払うことで被告人と合意し、更に、その支払については、ハッセンフェルド社に対する買付金額にコミッション分を上乗せして支払い、これをハッセンフェルド社から被告人に支払うという方法によることとし、三越、ハッセンフェルド社、被告人の三者間でその旨の合意が成立しているのである。右合意は諾成契約であって、契約書その他の文書が作成されることはその成立要件ではない。しかも、それは、誠実な履行を期待できないあやふやな口約束ではなく、関係当事者によりその後確実に履行されているのである。すなわち、三越は、右合意の趣旨に従い、各取引の都度ハッセンフェルド社に上乗せ分を支払っている。そして、右上乗せ金額は、三越が被告人に支払うコミッションであって買付代金の一部ではないから、ハッセンフェルド社においてこれを取得すべき何らの権限もなく、同社はこれを被告人に代わって受領しているに過ぎず、本来これを受け取った時点で直ちに被告人に引き渡すべきところ(現に、前記合意に際し、同社長から被告人にこれを現金で持ち帰るか否か確認している。)、前記合意に際しての被告人の希望により、同社においてこれを被告人のために預かり保管しているものであり、その管理は誠実に行われている。原判決は、同社が現実にその支払をするか否かは不確実であったというが、根拠のない憶測というほかない。万一、同社がその支払を拒むようなことがあれば、被告人が法的手段に訴えて履行を求め得ることは明らかである。以上のような事実関係の下においては、三越がハッセンフェルド社からダイヤモンドを買い付けた時点で、コミッション相当額は被告人の権利として確定し、その時点の属する年分の被告人の所得を構成するものと認めるのが相当である。これに反する原判決は、事実関係に対する法的評価を誤り、ひいては事実を誤認するに至ったもので、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点において破棄を免れない。本論旨は理由がある。

そして、ハッセンフェルド社関係のコミッション収入の確定ないし計上時期等については、所論指摘の前記①及び②の昭和五三年中の二回分だけではなく、その後の取引における分も同様に取り扱われるべきものであって、かかる見地から関係証拠によって昭和五五年一一月までに被告人が取得したハッセンフェルド社関係のコミッション収入を再検討してみると、右コミッション収入は、原判示のように、(一)昭和五四年分が一五〇〇万一八九八円、(二)同五五年分が一六〇〇万三五八四円、(三)同五六年分が九七八万八八九五円ではなくて、(一)昭和五三年分(但し、起訴の対象とされていない。)が八〇一万二七五四円(円貨換算は各取引日の電信買相場(終値)による。以下同じ。)、(二)同五四年分が一二一四万一四九六円、(三)同五五年分が一九七一万二三八九円、(四)同五六年分が〇円であると認められるが、右のうち(三)の昭和五五年分については、訴訟手続上検察官主張の訴因に拘束されることになるから、(検察官の冒頭陳述書中の別表10、原審記録第一冊一三九丁参照)、原判示と同額の一六〇〇万三五八四円の限度で認定するほかないものである。

第四節  パリ三越からのコミッション収入に関する控訴趣意について<省略>

第五節  必要経費に関する控訴趣旨について<省略>

第六節  結論

以上、第一節ないし第五節のとおりなので、所得税法違反関係の各所論のうち、ハッセンフェルドコミッションの年分帰属に関する所論には理由があり、その余の所論には理由がない。

なお、所論の中には、香港におけるコミッション収入について、ワールドファッション口座分の約一二〇万香港ドル、美興公司(メイヒンカンパニー)口座分の約四八万米ドル及び約二二万香港ドルは、保管していた陳と香港三越との間で昭和五七年一〇月八日に和解が成立し、その履行として陳から香港三越とオーキッド・ファッションに支払われており、ライエンサン口座分の約一三五万米ドル及び約五万香港ドルも、同年一一月ないし同五八年三月ころまでの間に陳から香港三越に支払われているところ、これらの金員は、香港三越側の見解に従えば、被告人が違法に取得したもので、香港三越側において返還請求権を正当に行使したことになるから、少なくとも本件公訴提起前に香港三越に返還されている分については、被告人の課税所得を構成しないものと取り扱われるべきである旨の主張が存在するが(B1七四五以下)、所論指摘の金員は、香港三越において紛争解決まで預かり金として処理されているに過ぎず、所論のように香港三越に返還されてしまったものではないから(仮に、昭和五七年に返還されたものと解するとしても、それは同年度の損失として処理すべきものである。)、右の主張は前提において失当というほかない。

終章 各控訴趣意に対する判断の総括

以上のとおりであって、原判決は、①被告人両名の直輸入商品関係特別背任事件中、香港コミッション関係の事実(原判示罪となるべき事実の(一)の2)及び②被告人乙の所得税法違反の事実(原判示罪となるべき事実の(三)の1ないし3)について、それぞれ事実を誤認するなどしたものであって、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるところ、原判決は、被告人甲につき、右①の事実にかかる罪と原判示のその余の罪とを刑法四五条前段の併合罪として一個の刑を科し、被告人乙につき、右①②の各事実にかかる罪と原判示のその余の罪とを刑法四五条前段の併合罪として一個の刑(懲役刑及び罰金刑)を科しているので、結局その全部について破棄すべきものである。

そこで、刑訴法三九七条一項、三八二条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、各被告事件につき更に次のとおり判決する。

第三部  自判

Ⅰ  罪となるべき事実

第一  被告人甲は、三越の代表取締役として同社の業務全般を統括していたもの、被告人乙は、アクセサリーたけひさの代表取締役であるとともにオリエント交易の実質的な経営者であったものであるところ、被告人両名は、共謀の上、被告人甲において、三越が商品を仕入れるに当たり、仕入原価をできる限り廉価にするなど仕入に伴う無用の支出を避けるべき任務を有していたにもかかわらず、これに背き、アクセサリーたけひさの利益を図る目的をもって、昭和五三年八月ころから同五七年七月ころまでの間、三越が海外で買い付け、オリエント交易を介して輸入した商品について、更にアクセサリーたけひさを経由して仕入れる合理的な理由がないにもかかわらず、これをことさらオリエント交易からアクセサリーたけひさに転売させた上で三越が仕入れ、これによるアクセサリーたけひさの差益額(アクセサリーたけひさのオリエント交易からの仕入価額と三越への納入価額の差額)合計一五億七七四五万七四六七円(別紙(一)「準直商品差益額の内訳」参照)を含む合計一〇九億〇六四一万八二九七円を、仕入代金として、昭和五三年八月二五日ころから同五七年九月六日ころまでの間、東京都中央区日本橋一丁目五番三号所在三菱銀行日本橋支店の三越の当座預金口座から同都港区六本木四丁目九番七号所在同銀行六本木支店のアクセサリーたけひさの当座預金口座に振込入金し、もって、三越に対し右一五億七七四五万七四六七円相当の損害を加えたものである。

第二  被告人甲は、三越の代表取締役として、同社の業務全般を統括し、同社のため忠実にその業務を遂行すべき任務を有していたものであるところ、兼六加工に対する自宅の改修工事代金を三越の計算において支払うことを企て、右任務に背き、自己の利益を図る目的をもって、昭和五五年三月一日ころ、三越が兼六加工との間で、三越の使用する各種ケースに関するリース契約を締結するに際し、兼六加工が希望価格として見積り提示したリース料金に多額の上乗せをした不当に高額のリース料金を支払うこととした上、同年三月二五日ころから同五七年九月六日ころまでの間、右契約に従い、兼六加工の見積ったリース料金との差額八七四二万一九〇〇円を含む合計二億六九八三万九五六〇円を東京都中央区日本橋一丁目五番三号所在三菱銀行日本橋支店及び同銀行東京支店の三越の当座預金口座から同都豊島区南大塚三丁目五三番一一号所在同銀行大塚支店及び同銀行春日町支店の兼六加工の当座預金口座に振込入金し、もって、三越に対し八七四二万一九〇〇円相当の損害を加えたものである。

第三  被告人乙は、オリエント交易、アクセサリーたけひさ及び乙アクセサリー学院を経営するかたわら、三越が買い付ける商品に関し、香港三越あるいは香港在住の納入業者を介して手数料収入を得ていたほか、香港在住の三越の関連会社オーキッドファッションから三越のオリジナル婦人服「カトリーヌ」に関するデザイン料収入等を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右手数料、デザイン料等の支払を受けるに当たり、香港の法人名義又は他人名義を用いるなどの不正な方法により、その所得を秘匿した上、

一 昭和五四年分の実際総所得金額が一億一九〇八万四二〇二円(別紙(二)(1)修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同五五年三月一五日、東京都渋谷区宇田川町一番三号所在の所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が五三四〇万三九一四円で、これに対する所得税額が一七四三万七二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(当庁昭和六三年押第七三号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額六四九七万八四〇〇円と右申告税額との差額四七五四万一二〇〇円(別紙(二)(2)税額計算書参照)を免れ、

二 昭和五五年分の実際総所得金額が一億九一二〇万二〇七六円(別紙(三)(1)修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同五六年三月一六日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の総所得金額が八一三一万九九七四円で、これに対する所得税額が二七八七万〇六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額一億一〇三二万一三〇〇円と右申告税額との差額八二四五万〇七〇〇円(別紙(三)(2)税額計算書参照)を免れ、

三 昭和五六年分の実際総所得金額が二億八一一三万一〇二九円(別紙(四)(1)修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同五七年三月一五日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、同五六年分の総所得金額が一億一〇八三万二三七〇円で、これに対する所得税額が一八三九万七一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の4)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額一億四二一八万八三〇〇円と右申告税額との差額一億二三七九万一二〇〇円(別紙(四)(2)税額計算書参照)を免れ

たものである。

Ⅱ  証拠

判示第一、第二、第三の一ないし三の各事実について、原判決書の証拠の標目欄に記載された関係各証拠と同一であるから、これらを引用する。

Ⅲ  法令の適用

一  罰条

1 被告人両名の判示第一の所為につき、包括して昭和五六年法律第七四号附則二七条により同法による改正前の商法四八六条一項、刑法六〇条(被告人乙には背任罪の身分がないので、刑法五六条一項、二項により、平成三年法律第三一号による改正前の刑法二四七条の刑を科す)

2 被告人甲の判示第二の所為につき、右改正前の商法四八六条一項

3 被告人乙の判示第三の一及び二の各所為につき、行為時においては昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一項、二項、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条一項、二項に該当するが、刑法六条、一〇条により軽い行為時法を適用。同第三の三の所為につき、所得税法二三八条一項、二項

二  刑種の選択

被告人甲の各罪につき、いずれも懲役刑を選択、被告人乙の判示第一の罪につき、懲役刑を選択、同判示第三の一ないし三の各罪につき、いずれも懲役刑と罰金刑を併科

三  併合罪の処理

被告人甲につき、以上は、刑法四五条前段の併合罪、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に加重

被告人乙につき、以上は、刑法四五条前段の併合罪、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条により刑期の重い判示第一の罪の刑に加重、罰金刑につき同法四八条一項、二項により右懲役刑に併科、罰金額を合算

四  労役場留置

被告人乙に対し、刑法一八条

五  訴訟費用

被告人両名に対し、刑訴法一八一条一項本文(連帯負担につき、更に同法一八二条)

Ⅳ  一部無罪の理由

第二部第一章第二節第二款第三項の二において説示したとおりであって、昭和五七年一二月一日付起訴状記載の公訴事実の第二(別紙(五)参照)については、犯罪の証明がないから、刑訴法三三六条により、被告人両名に対して無罪の言渡しをする。

Ⅴ  結語

よって、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官半谷恭一 裁判官堀内信明、同新田誠志は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官半谷恭一)

別紙(一)〜(五) <省略>

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